『海紀行』人とまちを支える港を訪ねて

『海紀行』人とまちを支える港を訪ねて

赤レンガに囲まれた東港城下町の風情が残る西港

 前述したように舞鶴港は鶴が東西に羽を広げたような地形になっているが、その羽の付け根にあたる港の中央が五老ヶ岳だ。周辺は緑地として整備され、山頂の五老スカイタワーからは東西の港が一望できる。正面が湾口部だが左右から重なるようにリアス式の小高い陸地が迫り、天然の良港であることがよくわかる。その風景は日本三景の松島にも劣らないほどの美しさだ。秋の冷え込んだ朝には雲海が、晴れた日には丹後半島まで望むことができるという。

 西港周辺の路地には古い家屋が立ち並ぶエリアもあり城下町の風情が漂っていた。市街地を流れる高野川の両岸には廻船業者の倉庫群が残されており、この地が交易、商業の中心地であったことを伝えている。舞鶴の歴史の幕を開けた田辺城の城門も復元され、資料館とともに観光客の人気を集めている。

 港に沿って国道27号線を東に向かい、左手の五老ヶ岳を越えたあたりからレンガ造りの倉庫が目立ち始める。東港は造船所、ガラスなどの工場や、海上自衛隊の港湾施設が集中し、西港とは対照的に近代的な表情を見せる。レンガの倉庫群は明治期に旧海軍の兵器厰倉庫として建造されたもので、一部は赤レンガ博物館として公開されているものの、大部分は現役の倉庫として活躍している。港に沿って北に進むと湾口部に至る。ここでは舞鶴火力発電所の建設が進行中で、この大規模工事の資材供給も東港が担っているという。

 近畿経済圏の要、日本海の門戸ともいえる美しい港、舞鶴。東港と西港、隣接しながらそれぞれ異なった個性、歴史を存分に魅せてくれた。

五老ヶ岳から湾口部を臨む

湾口部に建設中の舞鶴火力発電所

二羽の鶴をモチーフにしたクレインブリッジ

東港には現役の赤レンガ倉庫が活躍している

廻船業者が集中していた高野川の両岸に残る倉庫群

写真/西山芳一

COLUMN

蘇る天橋立〜サンドバイパス工法

舞鶴から西へ10kmにある日本三景のひとつ「天橋立」で、美しい日本の海岸を再生すべく、海洋土木の新たな挑戦が続けられている。

 天橋立は宮津市江尻から対岸の文珠まで、丹後半島東側の河川から流出した土砂が、日本海の波に運ばれ、長さ3.6km、幅20〜170mにわたって堆積した砂嘴だ。古来からその美しさが歌に詠まれきた名勝だ。しかし昭和初期から河川からの流出土砂が減少したことや、沿岸の漂砂が構造物によって到達しにくくなったため、砂浜がやせ細ってしまい、天橋立そのものの存在が危ぶまれるようになった。昭和中期から突堤の設置などの対策が取られてきたが、有効な解決策にはいたらなかった。そこで開発された工法が国内では先例のない「サンドバイパス工法」だ。砂浜に沿って流れる漂砂をせき止め、堆積した土砂をやせた海岸に人工的に移動させる一種の養浜工だ。天橋立では昭和61年度からサンドバイパス工法が展開されている。漂砂上手にあたる日置、江尻の両防波堤付近(a)に堆積した土砂を天橋立の付け根(b)に投入し、波の力によって砂嘴全域に行き渡らせる方法がとられている。また、先端部(c)に過剰に堆積した砂を、再び付け根に供給するリサイクル手法も実施されている。

 現在、天橋立は砂嘴に設置された突堤に漂砂が分散し、徐々に本来の姿を取り戻しつつあるが、潜堤を設置することでさらに美しく滑らかな海岸を再生する試みがなされている。