『海紀行』人とまちを支える港を訪ねて

『海紀行』人とまちを支える港を訪ねて

島と街を結ぶユニバーサルデザインの港

 1894(明治27)年、宇品港は日清、日露戦争を契機に軍用港に指定され、以後、第二次世界大戦まで旧陸軍の補給港として使われた。一方、1932(昭和7)年に港湾区域を拡大して「広島港」に改称、このころから商業港、工業港として生れ変わる。広島県土木建築部
 港湾企画整備室の倉本聡専門員にお話を聞いた。「軍港から貿易港にまで発展した広島港ですが、一方では市民の日常生活を支える『生活港』としての役割も担っています」。年間約340万人を数える利用者のほとんどが周辺の島しょ部の市民だという。広島港からは瀬戸内の島々に向け、網の目のように多くの航路が運行されている。島に暮らす市民にとっては欠かすことのできない生活航路だ。「毎日1万人近い市民が通勤通学、あるいは買物などに、日常の足として船を利用しています。そのため、より快適で安全、便利な港の玄関が求められてきました。そこで昨年3月にオープンしたのが新しい『広島港宇品旅客ターミナル』です」。
 まだ薄暗い早朝6時過ぎからターミナルに船が着き始める。小型フェリーの扉を兼ねたエプロンが接岸と同時に開くと、数十人の乗客とともに自転車、車がドッと走り降りてきた。慣れた足取りでターミナルを抜け、次々と路面電車に乗り込んでいく。建物を挟んで船着場のすぐ反対側が電車の駅になっているのだ。船から電車までの導線はバリアフリーで段差はほとんどない。また通路に沿って大きな屋根が設けられており雨天時でも電車に乗るまで傘をさす必要はなさそうだ。船着場に目を向けると乗客を降ろした船はすでにエプロンを閉め桟橋を離れている。その先には対岸の島まで何隻もの船が点々と連なって見えた。隣の船着場には高速船が到着、ここからも通勤通学客が足早にターミナルに向かってくる。船によるピストン輸送、絶え間なく船が離発着を繰り返す風景はまさに通勤ラッシュのそれだ。
 倉本さんの話によるとこの新しい旅客ターミナルは一つの理念に基づいて設計されているという。「障がい者、高齢者、また健常者など誰にとっても社会生活を営む上で障壁となる要因を極力排除することを目的とした『ユニバーサルデザイン』という発想です。港湾整備にこの考え方を導入したんです」。バリアフリー化はその一つで、エレベーターの点字表示や、利用しやすい多目的トイレ、日中韓英の4ヶ国語の誘導サインもこの理念にそって設置された。港湾施設のみならず、対岸の島々と広島港を結ぶ小型フェリーにもお年寄りのための「シルバー室」を設けた新造船が就航した。こうしたきめ細かい施策には、もちろん多くの市民の声が反映されている。
 しかし、一言に「港のユニバーサルデザイン」といっても、万人からの要望すべてに応えることは容易ではない。4ヶ国の誘導サインも、高齢者にとっては煩雑で認識しにくいという懸念もないとはいえない。同港湾企画整備室の田中幸明主任主査は「市民、利用者の声を大切にしたいですね。施設や緑地の整備も近隣の町内会、企業体に呼び掛けワークショップを開催しながら計画を立案しています」と語る。海外、県外から大型客船で広島を訪れる観光客に対する通訳を兼ねたガイドなど、市民や学生たちによるボランティアも活発になってきた。そうした実際の活動の中からも、ちょっとした休憩場所になる緑地の整備、港内のインフォメーションの充実などを求める市民や利用者の要望が聞こえてくる。こうした声に耳を傾けながら開かれた港づくりに取組むことが重要だという。

通路はほとんど段差のないバリアフリーになっている

旅客ターミナルに隣接して憩いの場となる緑地も整備された

宇品の船着場は早朝から「ラッシュ」になる

広島県土木建築部 港湾企画整備室 倉本聡専門員

広島県土木建築部 港湾企画整備室 田中幸明主任主査

バイク、自転車も慣れた様子で下船

宇品内港地区の広島港宇品旅客ターミナル

桟橋からターミナルの建物は屋根付きの通路で結ばれる

施設内のサインは4ヶ国語で表記されている