『海紀行』人とまちを支える港を訪ねて

『海紀行』人とまちを支える港を訪ねて
漁港から揚がった新鮮な魚が並び威勢のいい声がとびかう朝市

 重蔵神社から歩いて数分、海からも近い通りには毎日のように朝市が立つ。平安時代のころから続くという、伝統のある市だ。農民と漁民との物々交換から始まったものだが、今ではすっかり観光の目玉となっている。

 売っているのはほとんどが威勢のいい女性たち。魚や海産の珍味、地元でとれた野菜、手作りの工芸品に混ざって、冬ともなれば季節の味覚の王、蟹がひときわ目を引く。

 「ちょっとお兄さん、どっからおいでたの。これ、食べてみまいね」「大きい蟹ありますけえ、こうてゃー」と道行く人に大声で呼びかけているのは浅野節子さん。「二十歳で嫁に来たときから立ってますのや」という浅野さんは、お嫁さんと二人でこの小さな「店」を切り盛りしている。

「蟹は12月の末になるとお歳暮もあるしな、それにシケの日が多く漁に出られんようになるさけ、高うなってくるんやわ」と教えてくれた。朝市が出る通りは輪島港からも歩いてほんの数分。朝市で売られる海産物が新鮮でおいしいのも当然のことだろう。

 朝市が終わる昼過ぎには、漁に出ていた船が輪島港に戻ってくる。船上の氷が詰まった箱から魚がかごに移され、目の前にある漁協の建物へと運ばれる。ハマチ、キンメダイ、ウマヅラなどに混ざってヒラメやカレイも見える。船には夫婦二人で乗っている人もいれば、一人で黙々と岸に魚をあげる人もいる。漁協に運ばれた魚は職員の手で素早く選別、計測されて箱詰めされる。

 午後1時過ぎにアンコウを水揚げしていた漁師は「今日は大漁」とうれしそうだった。見ていると箱から巨大なアンコウが次々と出てくる。1匹の重さは、と聞くと「14.5キロかな」とのこと。漁協で新しい氷を詰めると、「今日はもうおしまい」と言って帰っていった。

 漁協前の岸壁にはいつも3、4艘の船が水揚げ作業をしている。船はほとんどとぎれることなく次々と入港し、かごいっぱいの魚を漁港に運び込む。漁協の職員は休む暇もないほどだ。豊かな北の海の恵みが間近に感じられる。

 避難港として、港の入り口だけでなく沖合にも防波堤が造られた輪島港では、港外が多少荒れていても穏やかな海面が船を迎える。多くの船が航行する日本海の中心にあるこの港には、ときに大型船も避難してくる。地元の漁船はもちろん、全国の船を守る輪島港は今日も人々の活気であふれている。

COLUMN

豪農として栄えた平家の末裔・時国(ときくに)家

 「平家にあらずんば人にあらず」の言葉で知られる平時忠。平家が源平の合戦に敗れたため能登に配流になり、その地で没する。後を継いだ五男時国は農耕に従事し、その名前が時国家の家名の起こりとなった。さらにその子孫は室町時代後半から近世にかけて多くの下人を使用して農業を始め、製塩業、海運業を営む豪農・豪商として隆盛を極めていった。

 江戸時代の始め、時国家は二つに分かれ、それぞれ上時国家、下時国家と呼ばれるようになった。ふたつの時国家屋敷は輪島から能登半島をさらに奥へ20kmほど行った、曽々木の山あいにある。上時国家は今からおよそ160年前、21代当主が28年の歳月をかけて作らせたもの。もっとも高いところは18mにもなる巨大な建造物である。中でも「大納言の間」と呼ばれる部屋は書院造りに格天井(ごうてんじょう)の華麗な作り。襖には平家の紋である揚羽蝶が金箔で描かれている。民家でありながら豪壮な武家屋敷を思わせるたたずまいだ。

 下時国家の屋敷は、江戸時代前期に建てられたものと推定される。木造平屋建ての家屋は鎌倉時代の書院造りの様式を取り入れたもの。とくに大土間の太い大黒柱や、横掛け式の巨大な梁組みには力強さが感じられる。2000坪の庭園は自然の地形を巧みに利用して池を鶴に、小山を亀に見立てたもので、建物との調和も美しい。

 どちらの屋敷も柱や梁には一級の木材を使い、刀などの家宝類や炉、自在鉤といった調度類もどっしりとした見事なものだ。当時の文化水準の高さと、豪農、豪商たちの豊かな暮らしがしのばれる。

上時国家「大納言の間」の縁金折上格天井。大納言の格式をあらわしている
下時国家の大土間の大黒柱は一尺五寸角のどっしりとしたケヤキでつくられている
「千枚田」というがじつは平均5.6平方メートルの小さな田が2092枚ある。近くに「道の駅」がつくられ、観光スポットとなるほど輪島のシンボルとして定着している
朝市は年末年始と毎月10日、25日をのぞく毎日開かれる。朝市通りは昭和45年から午前中車両通行止めになり、ゆっくりと買い物が楽しめるようになった
にぎやかな朝市通りの中でもひときわ活気のある浅野さんの店。「大きな声出すんが健康にいいんよ」
輪島港の漁協前で水揚げをする漁船。大きなキンメダイを満載していた
漁協では船が入るとすぐに魚を選別する。同じ種類の魚を重量毎に選別する素早い手さばきはみごとだ

写真/西山芳一