うみひと物語 海を想う人のまなざし

うみひと物語 海を想う人のまなざし

基礎工事の成果は、竣工後数年を経てしみじみ実感できるもの

船に乗れば、おのずと気持ちが引き締まる


深層混合処理船 デコム7号 船長 佐藤 勇喜 氏

 1954(昭和29)年、秋田県男鹿市生まれ。水産高校卒業後、1972(昭和47)年、東亜港湾工業(現・東亜建設工業)(株)へ入社。中東諸国を中心に海外の港湾整備に携わる。入社3〜4年目から深層混合処理船のクルーとして、国内各地の海底の地盤改良を手がける。1992(平成4)年よりデコム7号の船長に就任。1994(平成6)年、子会社の信幸建設(株)へ移り現在に至る。

[左]海上にそびえる「デコム7号」の威容 [中]常に処理機の稼働状況に目を光らせつづける [右]処理機の先端は深さ50mもの海底に貫入される

世界を、日本全国をまたぐ「歴戦の士」の優しい表情

 鉄骨で組み上げられた櫓(やぐら)は、海上50mを超える高さ。それを取り囲むように4基のセメントサイロが設けられており、まるで何かのプラントやコンビナートのような迫力を感じさせる。
 横浜港(神奈川県)の本牧ふ頭地区に浮かぶこの「デコム7号」は地盤改良船。南本牧ふ頭の一角に、廃棄物の最終処分場の建設が予定されており、周辺の遮水と、建造物の荷重に耐えられるよう海底の地盤強化を目的とした工事で稼働している。
 「地盤の軟弱土をセメントミルク(硬化剤)とともに攪拌・混合して固めます」と、デコム7号の佐藤勇喜船長は同船の「深層混合処理工法(CDM)」を平易に説明してくれた。「船長」あるいは「海の男」といった言葉にまつわるイメージとは対照的に、彼の口調は穏やかで、表情や物腰は柔らかい。一方、仕事の実績は「歴戦の士」という雄々しい形容にふさわしい。
 「入社してしばらくは、UAEのコールファッカンやサウジアラビア、イエメンなど、中東を中心に浚渫や航路拡張の工事に携わっていました」(談)
 その後、国内勤務になってからも川崎の人工島や大阪新島の建設、関西国際空港建設、広島や奄美大島の護岸の基礎工事ほか、大規模なプロジェクトの数々に参画してきた。
 そのなかでもっとも強く印象に残っている案件は奄美大島の工事だという。
 「最大で50mほどの深さまで処理機を貫入するのですが、海水が透き通っているので、水深15mくらいまで船上から処理機が見えるのです。こんなに美しい海を見たのははじめてでした。『汚してはならない』とあらためて感じ入りましたね」
 さらには後日談も。国民的人気映画「男はつらいよ」のシリーズ最終作のロケ地は奄美大島。ハイビスカスをアップで捕らえたシーンの背景に、デコム7号が映っているのだそうだ。
 「その作品は家族揃って見ました。妻も娘も喜んでくれましたよ」
 優しい家庭人の微笑みが浮かんだ。

船内にカンヅメ状態で常に神経をとがらせる

 地盤改良工事の業務を一言で表すなら「監視」だ。海底の奥深くへ処理機を貫入し、その稼働状況を測定器などでチェックする。細心の注意と根気を必要とする仕事だ。
 「一番神経を使うのは、セメントミルクの温度管理。温度が上がりすぎてしまうと、処理機の中でセメントミルクが固まってパイプが詰まってしまう。常に温度変化に目を光らせ、正常な状態を維持することが求められます。また、荒天時は作業船の係留状態を厳密にチェックし、クルーにもきめ細かい指示を出して安全確保に万全を期すよう努めています」
 貫入された処理機は一定時間作業したあと、海上へ引き上げられ、保守担当のクルーが先端の清掃や羽の交換をおこない、ふたたび海底へ。貫入場所を少しずつずらしながら、広い敷地の地盤をカバーしていく。深層混合処理工事は、実に地道な作業なのだ。
 「確かにそうですね。自分たちの施工した箇所は、陸上からは見えませんし。でも、だからこそ味わえる喜びもあります。地盤改良を終えて数年が過ぎると、上部の構造物が完成する。それこそ川崎の人工島ができあがったときなど、自分たちの仕事の成果をしみじみと実感したものです」
 秋田県の男鹿半島の出身。幼い頃から海に親しみ、船長にあこがれ、この世界に身を投じた。いま、次代を担う後輩たちへ彼は次のようにメッセージを贈る。
 「この仕事は、クルー全員が集団生活を送りながら進めるもの。おたがいを気遣い、チームワークを大切にしてほしい」
 本牧ふ頭の工事には、船長以下32名が携わり、2交代制で16名ずつが船上で業務に当たる。船内にはクルーの居室やシャワー設備、食堂などが設けられており、船内にカンヅメ状態になる。神経をすり減らす業務に長時間携わる仲間たちへも、彼の視線は一貫して思いやりにあふれている。


深層混合処理工法
 深層混合処理工法(CDM)は、海底の軟弱土そのものを、現位置で硬化材とともに攪拌混合・固化させて、海底地盤を堅固な地盤に改良する。
 地盤にピンポイントで貫入された処理機は、硬化剤を供給しながら混合土を攪拌。施工箇所が一部重なるように次の位置へ移動することで、すき間なく施工できる。
 作業船上の櫓には、海底を攪拌し処理剤を注入する処理機がセットされているほか、セメント系処理剤の作業船には、サイロや混合プラントも設置されている。
 この工法の大きな特長は、安定的で優れた強度を備えた改良地盤が、早期に実現する点にある。これにより、大幅な工期短縮を図ることができる、地盤上部の大型施設の重量による圧密沈下が起きない、比較的少ない改良面積でも十分な強度を備えるため経済的、といったメリットが挙げられる。また、軟弱地盤をその場で固化させるため、海水汚濁や二次公害などの環境負荷を生じない優位性も高く評価されている。