Umidas 海の基本講座

umidas 海の基本講座

潜水士による海中での溶接作業[写真提供:(株)渋谷潜水工業]


日本を愛した伝説のダイバー

 1976年11月23日、イタリア・エルバ島で、人類で初めて素潜りでの水深100mを記録したのが、フリーダイバーのジャック・マイヨール(1927−2001)である。上海生まれのフランス人である彼は、自身がモデルとなった映画『グラン・ブルー』で、一躍その名が世界的に知られるようになった。彼が海と深く関わるようになったのは10歳の時。当時暮らしていた佐賀県唐津市の七つ釜で、イルカと出会ったのがはじまりだという。以後、たいへんな親日家となった彼は、晩年は千葉県館山市に別荘を設け、外房の千倉をはじめ、日本各地の海に親しんだ。

素潜りから潜水器へ

 太古、人類は海を自由に泳ぎまわる魚たちを見て、海中への進出を夢見た。なにより海は、豊富な水産資源をもたらす恵みのもとであり、狩猟採集が生活の中心であった当時、海中での活動=潜水は、生きていくには欠かせないものだったともいえるだろう。
 潜水の歴史を遡ると、記録として残っているものでは紀元前4500年頃の古代メソポタミアの遺跡から青真珠母貝を使った象嵌が発見されていることから、この頃にはすでに、海洋資源を採取するための潜水が行われていたと思われる。
 このように紀元前からすでに行われていた潜水は、当然ながら素潜りである。その後、潜水は17世紀まで素潜りとして行われてきた。しかし1650年、ドイツのゲーリケにより空気ポンプが開発され、イギリスのスミートンがそれを潜水用に改良、人類の潜水技術は飛躍的な進歩を遂げることとなる。18世紀後半には世界初の実用潜水器が開発され、19世紀になると現在も用いられているヘルメット式潜水器が実用化された。さらに20世紀になり、1943年には、フランスのクストーたちによって自給気式潜水器(スクーバ)が誕生、現在に至る潜水技術、ヘルメット潜水、スクーバ潜水、フーカー潜水という3つの形式がすべて確立されることとなった。
 現在、産業分野での潜水では、これら3種の潜水技術が、沿岸水域開発から海底油田に代表される海洋開発まで、さまざまな領域で利用されている。

3つの潜水法の長所と短所

 19世紀に実用化されたヘルメット潜水は、1857(安政4)年に日本にもたらされ、以後、150年にわたって使われ続けてきた。重さ60kgにも達する潜水服とヘルメットを着用し、海上のコンプレッサーからホースでヘルメット内に空気を送り込むものだ。潜水服内に空気を貯留しその浮力で重量物を扱うことができる、送気が止まった場合でも潜水服内の空気を利用して救助を待つことができる、寒冷水域での潜水にも対応できるなどの長所から、現在も産業分野で活用されている。一方で、他の潜水法に比べると機動性が悪いことなどの欠点もある。
 一方でスクーバ潜水は、空気ボンベや圧力調整器(レギュレーター)、マスクなどを用いた近代的な自給気式潜水となる。その長所は、呼吸用の空気を潜水士が携行するため、ヘルメット式に比べ行動範囲が限定されず機動性が高いことである。その代わり、携行する空気の量によって潜水時間が制限されるという欠点がある。
 ヘルメット潜水は長時間の潜水が可能だが機動性が制約され、一方、スクーバ潜水は機動性は確保されるが潜水時間が制限される。フーカー潜水はこの2つの短所を克服し、長所を組み合わせた潜水法だ。スクーバのボンベの代わりにコンプレッサーに繋がったホースの末端に取り付けられたレギュレーターから空気が供給される。消費する空気量はヘルメット式に比べると2分の1から3分の1以下であり、小型軽量のコンプレッサーの使用が可能で、これが機動性を高めている。

人はどこまで深く潜れるか?

 それでは潜水では、実際のところどれくらいの深さまで潜ることができるのか?。成人の場合、水深5m程度であれば比較的容易に潜水することができる。また専門的な訓練を十分に受けることで、20〜30mほどの深さまでは、素潜りが可能である。さらに、競技性の高い素潜りであるフリーダイビングでは、100m以上の深さまで潜ることが可能である。1976年、フランスのフリーダイバーであるジャック・マイヨールは、人類で初めて素潜りで100mに至る記録を達成した。さらにその後、フリーダイビングの潜水記録は次々と更新され、現在の最高記録は、オーストリアのハーバート・ニッチの深さ214mである。
 一方で、潜水器を使った潜水では、フリーダイビングの記録の驚異的な深さに比べると意外に浅い。スクーバでは、アマチュアダイバーの場合最大で40mほどであり、テクニカルダイビングでは100mほどの深さまでとなる。ヘルメット式をはじめとした海上から空気を送る送気式潜水では、一般的には最大で60〜70mほどの深さまで。ただし海底油田の開発など特殊な場合には、送気式潜水でも100m以上の深さまで潜ることが可能であるという。

[写真左]海洋学校における潜水実習の様子[写真提供:茨城県立海洋高等学校]
[写真右]建設機械「水中バックホウ」を操作する潜水士[写真提供:(株)渋谷潜水工業]


潜水のプロフェッショナル「潜水士」
 潜水用具を用いて、海中や海底で作業を行うのが「潜水士」である。スポーツやレクリエーションを目的としたダイバーとは異なり、潜水士は労働安全衛生法に定められた国家資格だ。潜水士免許試験に合格し、免許を交付された人のことをさす。潜水士の活躍の場は幅広く、たとえば水産関係では、魚介や海草などの採取、定置網の設置や保全作業がある。また、映像作品「海猿」で有名になった海上保安庁の「潜水士」は国家資格としての潜水士免許制度とは別に、人命救助のための水面下作業や遭難船の損害調査などを行う独自の職域とされている。
 さらに、建設分野で活躍するのが「作業潜水士」。主に港湾の整備作業のほか、架橋や海底トンネルなどの建設作業、海底パイプラインの敷設や保全作業などに携わる。工事には作業船や建設機械が用いられると同時に、海中での捨石均しや溶接、切断、測定など、作業潜水士の持つ幅広い技術が駆使されている。また、近年重要性が高まってきている環境保護分野でも、海洋生物の調査や採集などで、潜水士が貢献している。

海中でコンクリート構造物の強度を測定する潜水士[写真提供:日本職業潜水士養成センター]