Umidas 海の基本講座

umidas 海の基本講座

1959(昭和34)年の伊勢湾台風による高潮被害の様子。その被害規模の大きさから災害対策基本法制定のきっかけとなった。名古屋市南部は満潮時と重なって水浸しとなり、20万tもの材木が流出した(写真提供:中日新聞社)


高潮発生の主な要因

吸い上げ

台風や低気圧の中心気圧は周辺より低いため、周囲の空気が海面を押し付け、中心付近の空気が海面を吸い上げるように作用し海面が上昇する。気圧が1ヘクトパスカル低くなると、海面は約1cm上昇する。

吹き寄せ

台風に伴う強い風が沖から海岸に向かって吹くと、海水は海岸に吹き寄せられ、海岸付近の海面が通常より高くなる。水深が浅いほど、吹き寄せ作用が働き、高潮が発達しやすくなる。

気圧と風が海面を持ち上げる

 高潮とは、台風や発達した低気圧により、海面が通常より高くなる現象をいう。海面上昇の度合いが大きいと堤防などを乗り越えてしまい、背後地への浸水を招く。被害の実態だけを見れば津波と同様であることから、かつては高潮と津波が混同されることもあった。しかし、津波は地震による海底の地形変動を原因とするもので、発生のメカニズムも頻度も高潮とは異なり、現在は明確に区別されている。
 台風や低気圧が高潮を発生させるメカニズムは、気圧と風の影響にある。台風の中心部分は周辺よりも気圧が低いため、その部分の海面が吸い上げられるような状態になる。これを気圧低下による「吸い上げ」現象と呼ぶ。また、台風に伴う強い風が沖から海岸へ向かって吹くと、海水が「吹き寄せ」られて、海岸部の海面が上昇する。
 高潮そのものの発生は「吸い上げ」「吹き寄せ」が主な要因だが、海面上昇の度合いと海岸の背後地に及ぶ被害規模は、他のさまざまな条件によって左右される。
 台風が通過するコースが被害規模に及ぼす影響も大きい。北半球の台風は、上から見て反時計回りに強い風が吹きこんでいる。日本列島に上陸する台風は南西から北東へ向かう。台風の進行方向に向かって右の半円では台風の移動方向と風向きが同じになるため、風の効果が相乗する。そのため、南側に口を開いた湾の西側を台風が通るときに、湾の奥は要注意地域といえる。
 実際、過去50年間に潮位偏差(平常時と高潮発生時の潮位の差)が1m以上となった高潮は、ほとんどが東京湾、伊勢湾、大阪湾、瀬戸内海、有明海の遠浅で南に開いた湾で発生している。高潮の注意報や警報は、過去の発生データをもとに、推算潮位や満潮時刻、潮位偏差予測値を計算し、発表される。台風上陸時にはそれらの情報に十分に留意されたい。


ゼロメートル地帯の対策を強化

 昨年8月のハリケーン「カトリーナ」に伴う高潮災害により、米国ニューオーリンズの死者・行方不明者は1,200人を上回った。これほどまでの大被害となった理由として、ニューオーリンズ市域の約7割が海抜0m以下のいわゆる「ゼロメートル地帯」であったことが挙げられる。
 日本でも、かねてから大型台風による高潮被害を経験してきた。特に東京湾・伊勢湾・大阪湾の三大湾においては、1934(昭和9)年の室戸台風や1949(昭和24)年のキティ台風、1959(昭和34)年の伊勢湾台風などが猛威をふるい、壊滅的な高潮被害をもたらした。特に伊勢湾台風では濃尾平野一帯で5,000人以上の死者・行方不明者を出すという大災禍に見舞われている。日本の高潮対策は、大規模な被害が発生するごとに見直し・再検討がなされ、より効果的な施策へ進展してきており、現在の防災目標と海岸保全施設の築造の指針は、伊勢湾台風が契機となって設定されたものである。以降、日本では半世紀にわたって多大な人的被害を伴う高潮は発生していないが、ニューオーリンズの事例はあらためて高潮の恐ろしさをわたしたちに認識させるものとなった。
 三大湾の沿岸域のゼロメートル地帯は580k㎡におよび、約400万人の人口が集中している。この地域が大規模な浸水を被ったとすれば、その打撃は計り知れない。国土交通省では「ゼロメートル地帯の高潮対策検討会」を発足し、堤防整備等のハード対策に重点を置きながら、不測の事態に備えたリスクマネジメント対応として、民間も含めたセーフティネットによる被害最小化対策の必要性を提言している。

【左】2004年の台風で世界遺産の宮島厳島神社(広島県)が浸水した
【中・右】ハリケーン「カトリーナ」によるニューオーリンズの高潮被害


高潮予測解析

高精度かつリアルタイムな解析を防災ソフト開発へ活用
 予測される被害規模の大きさから、日本では大震災への対策が取り沙汰されることが多いが、頻度の高い台風と高潮への備えもきわめて重要である。
 高潮被害を最小限にとどめるために、気象庁やさまざまな研究機関において、過去の事例の分析や被害現地の調査、台風の規模と方向、風や気圧の分布、高潮や波浪の推算、また地球温暖化に伴う台風の出現特性の変化のほか、多方面からのシミュレーションに基づき、より高精度でリアルタイムな高潮の解析が図られている。
 このようなデータの蓄積・解析結果が、迅速で的確な注意報・警報の発令や防災ハザードマップの作成、日常的な防災教育などに活用される。右の図は、台風の進路別に算出された周辺地域の被害規模予測を現したものだ。こうしたソフト対策と海岸・港湾施設などの拡充というハード対策の両輪が機能して、はじめて効果的な防災策となるのだ。

想定される台風の進路(左上)と、各々の進路に台風が進行した場合の高波の発生予想


[取材協力・資料提供]独立行政法人港湾空港技術研究所 海洋・水工部 海洋水理・高潮研究室