Umidas 海の基本講座

umidas 海の基本講座

北海道のサロマ湖は、漂砂によって形成された潟湖。オホーツク海とのあいだに海水の循環があり、独特の生態系を持つ

沿岸流
 海岸線に沿って漂砂を運び、砂浜を形成する海水の流れを沿岸流という。その発生は、海岸線に斜めの方向から打ち寄せた波が海へとすべて戻りきれずに、海岸に沿って流れることによる。
 浜に打ち寄せた沿岸流は、地形によってある狭い範囲で比較的強い流れで海岸から沖へと向かう。この動きを離岸流という。
 沿岸流と離岸流をまとめて海浜流と呼び、これに対して沖合いの海流や潮流を海岸流と呼ぶ。

豊かな海浜地形を形成する現象

 「白砂青松」ということばが示すように、四方を海に囲まれた日本には、全国各地に美しい海岸が存在する。白い砂浜に青々と茂る松林。後者の「青松」は波や風によって運ばれる砂から海沿いの集落を守るために、人の手によって設けられたものだ。松を防風林や防砂林として海岸に植えるようになったのは江戸時代からである。
 一方、前者の「白砂」はいつとも知れない遠い昔から、長年にわたる自然現象によって形成された。もともと海岸に砂浜があったのではなく、海の底の土砂や川から流れ出た土砂、波の浸食で削られた陸地の土砂などが、波や流れ等の作用で海岸線に漂着したものである。このような現象、および移動する土砂そのものを漂砂という。
 漂砂が砂浜を形成する仕組みの具体例を挙げると、まず、雨などによって上流の土砂が河川に流れ込み、内陸部から河口へとはき出される。それが海岸線沿いを流れる沿岸流によって運ばれ、波によって打ち上げられるというものだ。
 漂砂は砂浜だけではなく、さまざまな地形を形成し、海岸に豊かな起伏をもたらす。波によって、土砂は通常よりも陸側に打ち上げられる。こうして堆積した砂は、乾くと海風で吹き飛ばされ、内陸側へ移動をはじめる。防風林・防砂林があると、その手前で風速が弱まり、そこに砂がたまって丘陵状の地形ができる。これが砂丘である。
 また、潟湖(せきこ:別名ラグーン)は、漂砂が堆積してできた砂州や沿岸州によって、浅い海の一部が外海と隔絶され、湖沼となったものだ。日本の代表的な潟湖である北海道のサロマ湖は、山間の湖とは異なり、オホーツク海へつながる狭い開口部を持ち、この部分を通じて海水が出入りする。
 いわゆる「お取り寄せ物」が人気を集める現在、サロマ“湖”の塩や海産物が珍重されているのも、元はといえば漂砂の賜物なのである。


漂砂による海浜変形と対策

 漂砂が起伏豊かな海浜地形をもたらすのは、土砂が移動するという性質に起因するわけだが、同じ性質が海浜地形に悪影響を及ぼす面もある。
 日本には河口付近に位置する港湾が多い。川の流れによって土砂が海岸へ運び込まれ、波によって海岸の土砂が別の岸や沖へと運び去られる。この両者が上手く均衡していれば海浜地形に影響はないのだが、さまざまな要因によって漂砂の需給バランスが崩れると、海浜変形を起こすのだ。
 ダム建設などにより川の上流に土砂が堆積し、海へ運び込まれる量が減ると、海浜部分の面積が縮小していく海岸侵食という現象が起きる。現在、全国各地で海岸侵食が問題となっており、その対策として土砂が堆積する地域から侵食海岸に土砂を移動させるなど、さまざまな対策が講じられている。
 一方、川の流れによって運ばれてくる土砂が港湾周辺の海底に堆積するケースが見受けられる。この現象が進むと航路や停泊地の水深が浅くなり、船の航行に支障が及ぶことになる。
 これを防ぐために、海底に堆積する土砂を浚渫船で浚い、港湾の水深を保っている。浚渫された土砂は埋立に用いられたり、侵食の進む海岸へ補給される。
 また、航路等の埋没対策においては、土砂を堆積させない新しい技術開発も進められている。
 その例として、砂の移動方向を特殊な海底ブロック敷設により制御する方法や、堆積海域に海底管を設置して、海水を吸引して土砂を排送させる方法などがある。これらの方法は船舶の航行の妨げにもならない。また、水質悪化などの心配がない、動力源として自然エネルギーを利用できれば経済的かつ環境負荷を抑えられるなどのメリットも期待できる。
 海底から余分な堆積土砂を取り除いて、侵食の進む海岸へ補給する。このような営みが、港湾の機能と国土の地形を維持する。漂砂はいうまでもなく自然現象だが、自然現象をそのままにしておくことが必ずしも「自然と人間の共生」には結びつかないのである。わたしたちが便利で安全な社会をつくり維持していく以上、その妨げとなるような自然現象には対策を講じる必要がある。その前提の上で、いかに自然とともに生きていくかを考え、そのための技術を編み出し、活用していくことが肝要だ。


天橋立が海岸浸食により地形変化の危機にさらされていた

日本三景「天橋立」を守る

 天橋立(京都府宮津港海岸)は、広島県の宮島、宮城県の松島と並んで「日本三景」のひとつに数えられる。沿岸流に乗った漂砂の堆積で形成された、長さ3.6km、幅20〜170mの砂州である。天への架け橋のように見えることから、この名前がついた。砂地には約8,000本もの松並木が茂り、散策やサイクリングのほか、随所に設けられた展望スポットからの景観、季節の祭など、大勢の観光客を集める。また、自然現象が生んだ珍しい地形として、学術分野の注目度も高い。
 ところが、昭和30年代頃から、天橋立における海岸侵食が顕著になった。漂砂の流出を防ぐため100基の突堤が築造されたが抑えきれず、昭和40年代後半からは、さらに大規模の突堤が追加された。
 大突堤により漂砂の流出は抑えられたが、天橋立では漂砂供給が不足していたため、突堤群だけで侵食を防ぐことは困難であった。そこで、昭和61年度より漂砂移動の上手側へ人工的に砂を補給するサンドバイパス工法が実施されている。これは、漂砂移動の上流側にあたる海底の土砂を浚渫し(バイパス砂)、天橋立の砂州部分の根本に供給するもの。また、供給砂の一部が下手側の天橋立先端部に堆積するため、これを上手側へ再度供給(リサイクル砂)している。
 サンドバイパス工法の実施により、海岸の侵食は防止され、大突堤の上手側で堆積が進んでおり、現在の天橋立は安定した海岸形状を保っている。
 日本三景と呼ばれるようになったのは、約350年前、学者の林春斎が「日本国事跡考」に「丹後の天橋立、陸奥の松島、安芸の宮島を日本三景」と記したことによるという。この歴史ある貴重な景観は、今日も人間の努力によって守られているのである。