特集

特集

 交通政策審議会(国土交通大臣の諮問機関)港湾分科会防災部会は、「港湾における地震・津波対策のあり方〜島国日本の生命線の維持に向けて」を答申した。昨年3月11日の東日本大震災での甚大な被害を踏まえ、被災港湾の復旧方針や災害時の緊急物資輸送や地域の経済活動を維持する港湾のあり方、今後発生が懸念される東海・東南海・南海地震などの津波からの防護の考え方などをまとめたものだ。今後、この方針に沿って各種施策が展開されることになる。

(日刊建設工業新聞社)

新たな津波防災対策の考え方を示す
東海・東南海・南海地震などの津波からの防護を

二つレベルの津波を想定した「中間とりまとめ」

 「港湾における地震・津波対策のあり方〜島国日本の生命線の維持に向けて」は、昨年5月2日に国土交通大臣より諮問を受け、交通政策審議会港湾分科会防災部会(部会長・黒田勝彦神戸大名誉教授)が作成を進めていたもので、6月13日に同部会が正式に国土交通大臣に答申した。
 防災部会はこれまで、東日本大震災の発生から約2カ月経過した昨年5月16日に第1回目の会合を開催。この会合では、甚大な被害を受けた各港湾施設を早急に復旧しなければならなかったため、まず今回の津波の特徴や、港湾における津波防災施設の被災形態、被災メカニズムの分析などを行った。6月3日の第2回会合では、2段階(防災・減災)の総合的な津波対策や、港湾施設の復旧方針などを議論。7月6日の第3回会合で、被災港湾の復旧方針などを盛り込んだ「港湾における総合的な津波対策のあり方(中間とりまとめ)」を作成した。
 中間とりまとめでは、主に津波対策の方向性を提示。防災・減災目標を明確化するため、二つのレベルの津波を想定し、各レベルでの対策の考え方を提示した。具体的には「発生頻度の高い津波(おおむね数十年から百数十年に1回程度の頻度で発生する津波)」に対しては、人命、経済活動などを守る「防災」を目指し、背後地への浸水を防止するとし、「最大クラスの津波(発生頻度は極めて低いが、影響が甚大な津波)」に対しては、人命を守る「減災」を目指し、浸水は許容するものの、土地利用や避難対策と一体となった総合的な対策を講じるとした(図−1)。
 また、産業活動やまちづくりと連携した港湾の防護のあり方や避難対策の強化、最大クラスの津波にも倒壊しにくい「粘り強い構造」を目指した技術的検討なども盛り込んだ。この中間とりまとめの考え方に沿って、被災地の港湾施設の復旧・復興などが進められている。

東海・東南海・南海地震などの対応も盛り込む

 「港湾における地震・津波対策のあり方」の答申は、この中間とりまとめの内容を踏まえた上で、総合的な地震・津波対策の方向性を提示するため、今年2月から防災部会が改めて検討を進めてきた。2月以降3回の会合を開き、今後発生が懸念される東海・東南海・南海地震などのへの対策も含めた総合的な対応策の考え方が提示されている(表−1)。
 具体的には、東日本大震災での港湾施設の被害状況や破壊メカニズムなどを把握した上で、この大震災の教訓を踏まえた課題を整理している。課題としては①防災・減災目標の明確化と避難対策の充実の必要性②防波堤による津波からの減災効果の発現③地域経済を支える物流基盤の耐震性・耐津波性確保の必要性④初動から復興に至る時間軸に沿った対応の必要性⑤災害に強い物流ネットワーク構築の必要性⑥東海・東南海・南海地震などが連動して発生する巨大地震や首都直下地震に対する早急な対応などを挙げている。
 このうち、東海・東南海・南海地震や首都直下地震への対応は、中央防災会議の「東北地方太平洋沖地震を教訓とした地震・津波対策に関する専門調査会」や内閣府の「南海トラフの巨大地震モデル検討会」の報告書や推計結果などを踏まえ、その対応が必要だと指摘。特に東海・東南海・南海地震などの影響を受ける関東から九州にかけての太平洋側は、全国の国際海上コンテナ取扱貨物量の約8割、工業出荷額の約5割を占め、さらに東京湾、伊勢湾、大阪湾などがわが国の経済活動を支える地域の産業・物流活動の重要な拠点となっているため、被災地域のみならず、わが国の経済活動を持続させるためにも、切迫性が指摘される海溝型地震への対応は急務だとしている。

表−1 港湾における地震・津波対策のあり方と中間とりまとめからの主な変更点

図−1 2段階(防災・減災)の総合的津波対策

基本的な考え方を3つの柱で示す

 では、こうした課題に対し、どのような考え方で、どんな対策を打ち出しているのか。答申では基本的な考え方として三つの大きな柱を立てている。一つ目は中間とりまとめでも盛り込まれた「防災・減災目標の明確化」だ。発生頻度の高い津波と、発生頻度は極めて低いが影響が甚大な最大クラスの津波の二つのレベルの津波を想定し、それぞれの対策を明記している。発生頻度の高い津波に対しては「防災」を目指し、ハザードマップの整備などソフト面の施策を充実させるとともに、ハードで浸水を防ぐことを基本とし、防潮堤の整備を着実に進める必要があると明記している。
 特に地形によっては、湾口部において防波堤と防潮堤を組み合わせた多重の防護方式を活用することが有効だと強調。一方、最大クラスの津波については、地域の実情に合わせて、ハードによる減災効果を見込みつつ、土地利用や避難対策と一体となった対応を進めることが必要だとしている。また、水門・陸閘などの運用基準が一般に高潮を想定して設定されているため、操作に要する時間に余裕がない津波を想定した運用の検討も求めている。

港湾BCPの策定で災害対応力を強化

 二つ目は、「港湾BCPに基づく港湾の災害対応力の強化」を挙げている。巨大地震・巨大津波で被災した港湾を応急復旧し、早期に港湾物流機能を回復させるためには、事前に国・地域・港湾レベルの各主体が復旧期間や復旧方法等に関するシナリオを共有しておくことが必要となる。答申では、港湾BCPについて、地震・津波の規模や生じる被害の程度を想定し、発災後の港湾の災害応急対策から地域の復興に至る行動計画を策定するとともに、行動計画を効果的・効率的に実行するため、関係機関と連携した防災訓練の実施計画や、災害予防の対策として、耐震性・耐津波性を高めるべき施設の計画を策定するとしている(図−2)。
 また、今回の震災による被害が広域に及んだことを踏まえ、広域的な視点から調整を図ることも重要であると指摘。このほか、国に地方公共団体、建設業界や港湾立地企業等の関係機関・企業等との災害協定の締結や、港湾の各種施設に関する構造や整備・補修履歴等のデータベースの充実、ホームページを活用した被災港の岸壁の利用可否などの情報の共有化などの必要性も明記している。
 さらに港湾施設の耐震性や耐津波性の確保についても触れ、被災後も地域の経済活動を維持する観点から、岸壁の耐震化に加え、背後の臨港道路や埠頭用地、荷役機械といった港湾施設の実態を把握した上で、必要に応じ耐震性を確保する対策を講じる必要があるとした。さらに、倒壊した場合に早期復旧が困難となる防波堤については、通常時の港内静穏度確保や二次災害防止等の減災の観点からも粘り強い構造を目指す必要があるとしている(図−3)。

図−2 港湾BCP(Business Cintinuity Plan:事業継続計画)の考え方

図−3 港湾施設の耐震性・耐津波性の向上

港湾相互のバックアップ体制の構築

 三つ目の柱は「港湾間の連携による災害に強い海上輸送ネットワークの構築」だ。災害発生時に、経済活動への影響を最小限にとどめるためには、海上輸送の拠点となる港湾の地震・津波対策を重点的に実施し、震災時においても我が国の海上輸送ネットワークを維持していくことが重要になる。また、被災時においても企業の生産活動を継続するための港湾相互のバックアップ体制をあらかじめ検討しておくことも必要だとしている。
 特に東海・東南海・南海地震や首都直下地震等の被害が広域化することを踏まえると、国と地方公共団体の協力・連携体制を構築し、物流機能、ひいては経済活動を維持するためのネットワークを確保・強化する必要があるとしている。その際、国が持っている防災に関するノウハウの活用や大規模災害において重要となる統一的な指揮命令の確保に留意するとともに、バックアップ機能を有する港湾を港湾BCPに位置づける必要があるとしている。
 こうした港湾相互のバックアップ体制の構築とともに、三大湾や瀬戸内海の船舶航行の安全性の確保も重要だと指摘。三大湾や瀬戸内海には、大規模な臨海工業地帯や物流ターミナルが存在し、多数の船舶が航行しているため、地震・津波時の船舶の避難や航行安全の確保、漂流物の効果的な回収体制の構築等について、関係者が協力して検討を進める必要があるとしている。

避難施設として既存ビル等の利活用を

 答申では、港湾における地震・津波対策の具体的な施策方針も明記している。港湾における産業・物流施設の大部分は背後の市街地を防護する防護ラインの外側(海側)に立地し、発生頻度の高い津波であっても浸水することが想定される。このため、避難施設として既存ビル等の利活用を検討するなどの対策が必要だとしている。その際、どのレベルの津波がくるか直ちに判断するのが困難なため、常に最悪のシナリオを想定しておく必要があるという。個々の避難施設については、港湾ごとの条件により必要となる高さを確保しつつ、船舶等の漂流物に破壊されない強度を有するものとなるよう留意するとしている。
 このほかにも、港湾労働者や来訪者向けの避難ガイドラインの策定や、海抜表示の案内板、スピーカーの港内への設置を提案。一方、避難にかかる情報提供システムを強化・多重化するため、GPS波浪計による波浪観測について、気象庁をはじめとする関係機関との連携、通信システムの多重化、情報提供ルートの多様化等を進めることも必要だとしている。

埠頭用地・臨港道路の耐震化・液状化対策も

 港湾の災害対応力の強化策としては、港湾BCPに基づき災害協定の締結等による速やかな応急復旧体制の構築の必要性を提案している。事前の災害予防措置では、耐震強化岸壁と一体となって機能する港湾の防災拠点の活用を提示。防災拠点は埠頭用地・防災緑地等から構成され、被災地の復旧・復興の拠点として活用するとしている。また、防災拠点を適切に設置、活用するために、港湾BCPに規定するとともに、港湾計画にも位置付けるべきだとしている。
 また、耐震強化岸壁の機能を十分に発揮するため、地震・津波による被災リスクや費用対効果を勘案しつつ、背後の埠頭用地・臨港道路の耐震化・液状化対策及び前面の航路・泊地の安全性の確保を適切に講じる必要があるとしている。同時に岸壁背後の埠頭用地は、被災時に緊急物資の荷さばき地として利用される一定のオープンスペースが速やかに確保できるよう、平常時の維持管理や利用を適切に行うことが必要だとしている。

被災時に取扱を可能とする港湾の決定を

 海上輸送ネットワークの構築に向けた対策としては、幹線貨物輸送ネットワークの拠点となるコンテナターミナル、フェリー・RORO船ターミナル等の耐震強化の検討を求めている。
 特に全国的・国際的な観点から重要な幹線貨物輸送ネットワークの拠点となるターミナルについては、地震・津波から高い防護レベルを保つとともに、被災後も直ちに復旧可能となるような対策を講じる必要があるとしている。
 広域的なバックアップ体制の構築にあたっては、当該港湾の取扱貨物や岸壁、荷役機械等の港湾機能を勘案した上で、被災時に取り扱いを可能とする港湾を決定し、必要に応じて国、地方公共団体間で災害協定等を締結するとともに、緊急物資に関する広域的な支援体制に必要となる防災拠点の確保について、国、地方公共団体等により検討を進める必要があると指摘。また、各企業のBCPと港湾BCPとの相互連携を推進することにより、非常時のサプライチェーンを確保すべきだとしている。

国民生活と経済活動を守る津波防災対策

 答申書は6月13日に防災部会の黒田勝彦部会長(神戸大学名誉教授)から国土交通省の吉田治副大臣に手渡された(写真−1)。会合後の記者会見で、吉田副大臣は「被災地の復興だけでなく、大規模地震発生の切迫性が高まる中で国民の安心・安全に万全を期することが急務となっている。答申の内容を踏まえ、対応策の具体化を速やかに進める」と述べ、今後、個別港湾ごとの対応策について、各地方整備局や港湾管理者の協議会を中心に検討して数カ月をめどにまとめる考えを示した。港湾施設の防災力の強化は、サブタイトルにもあるように島国である日本の「生命線」の強化とも言える。答申内容が着実に実行されることを期待したい。

写真−1 答申書を吉田副大臣(左)に手渡す黒田部会長(右)

中間とりまとめと答申書

Interview
東交通政策審議会港湾分科会の黒田勝彦防災部会長(神戸大名誉教授)に聞く
「各港湾が連携したBCPの策定を」
ー昨年の中間とりまとめと、今回の答申は内容が違うのか。
昨年7月の中間とりまとめは、東日本大震災での港湾の被害を受け、その被害メカニズムなどを検証し、二つのレベルを想定した津波対策の考え方を示した。発生頻度の高い津波と、1000年1度発生する津波の二つのレベルに合った、それぞれの防災対策の考え方を提示した。1000年1度発生するような津波に対しては、防波堤や防潮堤などのハードでの対応だけでは難しい。このため、避難方法などとのソフト対策とハード対策を組み合わせで対応するとした。また、防波堤を粘り強い構造にすることで、津波の高さや到達時間を遅らせることなどを盛り込んだ。この方針に沿って、現在被災港湾の復旧・復興作業が進められている。今回の答申は、二つのレベルの津波を想定した対策などの考え方は、中間とりまとめと変わっていない。その基本方針を踏まえつつ、切迫性が指摘されている東海・東南海・南海地震などが連動して発生する巨大地震に対して、どのような対策が必要なのか、あるいはどのようにして早期復旧を行うのかなどの考え方を示している。

黒田 勝彦 部会長

ー港湾の災害対応力の強化策として港湾BCPの策定が明記されているが。
これまでの港湾BCPは、東京湾や伊勢湾、大阪湾の3大港湾などで検討が進められていたが、いずれも直下型地震を想定していた。答申では直下型地震だけでなく、海溝型の巨大地震も踏まえた港湾BCPの策定が必要だとした。さらに、大都市圏だけでなく、全国各地の港湾が、その湾内にある各港湾と連携してBCPを策定するよう求めている。湾内の港湾となると、港湾管理者が同一の都道府県とは限らないため、港湾BCPの策定時に国が一定の支援をすることも重要になる。また、災害対応力の強化という面では、経済活動に大きな影響を与える国際物流ターミナルやエネルギーの輸入基地などの施設は、その重要度に応じて耐震性や耐津波性を向上させる必要がある。
ー港湾BCPにはどのようなことが盛り込まれるのか。
例えば1000年1度発生するような津波を想定して津波対策を考える場合、防波堤などの構造物だけで津波の侵入を防ぐのは経済的にも構造的にも難しい。そうなると、避難対策などのソフト的な対応が重要になる。ただ、ソフト的な対策は、地域の実情に合わせた対策が必要で、全国一律という訳にはいかない。各港湾ごとに、その地域の特徴を踏まえた上で、避難路をどう確保するのか、港湾労働者の避難場所をどこにするのか、あるいはどの岸壁を耐震バースにし、災害時でも使えるようにするのかなどを決めてもらうことになるだろう。
ー港湾同士の連携とは、どのようなイメージなのか。
港湾は産業物流の拠点となる。特に幹線貨物輸送ネットワークの拠点となるターミナルは、高い防護レベルを保つと同時に、被災後も直ちに復旧可能になる対策を実施しておく必要がある。ただ、物流ターミナルがまったく使えなくなる最悪なシナリオも想定し、広域的なバックアップ体制を整えておかなければならない。例えば阪神淡路大震災以降、大阪港や神戸港は耐震性の強化が図られ、地震動や津波などで簡単に港湾機能が損なわれるとは思えないが、万が一ということもある。その際、日本海側の敦賀港や舞鶴港が、どのようなバックアップ機能を果たせるのか、そうしたことを港湾BCPを策定する際に是非考えてもらいたい。そうした港湾間の連携が災害に強い海上輸送ネットワークにつながる。
ー多重防御という考え方が示されているが。
巨大な津波を港湾施設だけで防ぐことは難しい。昨年成立した「津波防災まちづくり法」では、津波避難ビルを建てやすくするため、容積率を緩和する措置や、知事が「津波災害警戒区域」や「津波災害特別警戒区域」を指定し、必要に応じて建築規制などの措置もとれるようになった。答申では、港湾施設の防災対策をこうしたまちづくりの分野と連携させ、多重防御を進める考えを示唆している。
ー建設業界への期待は。
防災面の技術開発を一層強化してもらいたい。高潮や津波から湾内沿岸を守るために、湾口の開口分を閉鎖する技術が開発され、和歌山県沖で現在建設が進められているが、こうした技術をさらに進化させてほしい。こうした施設は東日本大震災のような巨大津波にも耐えられるのか、万が一壊れた場合にも容易に補修できるのか、そうした視点も取り入れてほしい。コスト面にも配慮しながら、津波防災に対し効果的な技術を是非とも研究開発してもらいたい。