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Interview1「今後の津波対策」東京大学大学院 新領域創成科学研究科教授 磯部 雅彦 氏

(いそべ まさひこ)
1975年3月東京大学工学部土木工学科卒業、83年横浜国立大学工学部土木工学科助教授、92年東京大学工学部土木工学科教授、99年東京大学大学院新領域創成科学研究科教授(現職)。主な研究活動は「閉鎖性内湾における水環境」「沿岸域における災害の低減」など。中央防災会議の「東北地方太平洋沖地震を教訓とした地震・津波対策に関する専門調査会」の委員を務めた。

ハード・ソフト対策の融合で、まず人命を守る
— 東日本大震災の津波の特徴は。
東日本大震災の大津波は、海溝型地震で起きた深部プレート境界のずれとともに浅部プレート境界でも大きくずれたこと、つまり二つのずれが同時に起きたことが要因である。浅部のずれは、地震規模としては小さいが、水面から海底が近い分、大きな津波となる。
過去に東北地方を襲った大津波は、貞観津波(869年)、慶長三陸地震津波(1611年)、明治三陸地震津波(1896年)、昭和三陸地震津波(1933年)の四つがある。このうち、最も大きな津波だったのが明治三陸地震津波で、これは浅部のずれによる津波だが、東日本大震災の津波はこれを上回っている。一方、仙台平野などの南側を襲った津波は、貞観津波まで遡らなければ比較になるものがない。つまり、東日本大震災の津波は、貞観津波と明治三陸地震津波が重なって起き、大津波になったと考えればわかりやすい。二つの異なる津波が同時に起きたことで、三陸地方の北側では過去に例のない高い津波を記録し、しかも津波の範囲は東北地方から茨城・千葉県など広範囲にわたった。
— 今後の津波対策をどう考えるか。
昨年9月に中央防災会議の「東北地方太平洋沖地震を教訓とした地震・津波対策に関する専門調査会」が報告をまとめた。この報告は東日本大震災の地震・津波被害の特徴や今後の対策の考え方などをまとめたもので、私も委員の一人として参画した。この報告で強く打ち出したのは、東日本大震災を教訓とした今後の津波対策では、ハードとソフトをうまく組み合わせることが重要ということ。『人の命を守ること』を原則に対策を考えるべきであるということだ。
— 具体的な考え方はどのようなものか。
具体的な津波対策としては、二つのレベルの津波を想定し、それぞれの対策を検討する必要がある。まず一つは最大クラスの津波を想定し、その想定を超えても何らかの手段で人命を守る対策を構築すること。東日本大震災の津波は、この最大クラスにあたる。もう一つは発生頻度が高く、数十年から百数十年程度、人が一生に一度会うかどうかという規模の津波で、この津波に対しては人の生活、産業を守るという観点から、海岸保全施設等や防災システムの整備を行う必要がある。わが国は海洋国家であり、沿岸域で人々が暮らし、海からめぐみを得ている。否応なく海と共存しなければならない。それを前提にいかに安全を守っていくかが大事であり、そのための方法はいろいろある。安全度を高めていくことが大事である。
— ソフト対策についてどう考えるか。
堤防等の整備というハードをベースにしたソフト対策の展開では、人命を守ることが重要で、そのためにはまず〝逃げる〟ということが大切だ。津波のハザードマップをつくり、避難場所を確保しておく。今日ではGPSを利用した沖合での観測技術が発達しており予測が可能になった。臨場感を持って情報が伝わるようになっている。避難場所となる高台がない地域は、避難ビルを整備する必要がある。〝津波防災地域づくり法〟を使い、インセンティブを与えて民間のビルやマンションなどを津波避難ビルに指定する。復興計画の中でも避難ビルを密に配置していくことが大事だ。防災教育も重要で、防災訓練だけでなく、学校教育の場で津波のことを教える。津波のことを知っているだけでも、心構えが違ってくる。ハードとソフトを融合し、様々な手段を駆使して災害とうまく付き合って行くことが防災・減災の鍵である。
Interview2「今後の復旧復興工事」国土交通省港湾局 海岸・防災課長 丸山 隆英 氏

(まるやま・たかひで)
1985年北海道大学大学院修士課程工学研究科土木工学専攻、運輸省(現国土交通省)入省。1996年第一港湾建設局酒田港湾工事事務所長、2002年中部地方整備局港湾空港部港湾空港企画官、2006年港湾局海岸・防災課海岸企画官、2008年広島県港湾空港部長、2011年7月から現職。北海道出身。

単なる原形復旧ではなく、期待した機能を回復させる
— 港湾施設の復旧・復興に向けた対応は。
災害復旧事業は、基本的には「もとに戻す」というのが原則だ。ただ、国民感情からすると、作り直したのに同規模の津波でまた壊れるというのでは納得してもらえないのではないか。我々も財政当局も震災後の非常事態の中で、原形復旧を基本としつつ、言葉そのままに「元に戻す」という端的な解釈ではなく、被災状況等を考慮して「もともと期待していた機能を回復させる」という、大きな解釈を含めて考えた。その一つが「粘り強い構造」という発想だ。また、断面を変えた構造物もある。一方、被災した地元の方々から港湾が止まると経済が止まってしまうので、早期に港湾機能を回復してほしいという強い要望があった。経済が動かなくなると、地元に立地する企業が逃げ出してしまう。このため、復興・復旧工事はスピード感を持って進めている。
— 期待していた機能を回復するとは。
例を挙げると、釜石と大船渡の両湾口防波堤は従来の断面とは異なり、同規模の津波がきても簡単に壊れないような構造にして復旧する方針だ。特に大船渡の防波堤は、想定する津波そのものも変え、その津波に対応できる形にする。断面も変え、天端も少し高くする。海岸堤防も原形復旧ではなく、湾域という大きなエリアで想定津波の高さを決め、堤防の高さを湾内でばらばらにするのではなく、一定の高さに揃える。原形復旧という考え方を虚心坦懐に見ることで、期待した機能を回復させるという間口の広いとらえ方をした。
— 港湾機能を概ね2年で回復させる方針だが。
短期間で機能回復ができるように東北地方整備局がいろんな工夫をしている。ただ、今後さまざまな問題が発生し、もう一段の工夫が求められるかもしれない。2年間という期間は施工側の都合ではなく、地域経済をいかに早く回復させるかという視点で決めた。2年で難しい構造物は、やや長めの復興・復旧期間を設定している。釜石、大船渡、相馬の3つの防波堤や、海岸保全施設の海岸堤防は5年を目途に整備する。ただ、5年という期間は決して長いものではなく、これらの整備もかなりのスピードが求められる。今後、被災地で工事が集中するため、資機材の高騰や技術者不足などが懸念される。市場原理で資機材などの価格が上昇するのはある程度予想がつくが、技術者不足について予測しにくい側面がある。正直に言って、地元建設業者や中央建設業者の底力に頼るしかない。特に中央の建設業者には全国的なネットワークを駆使し、柔軟な対応を期待している。
— 港湾BCPを今度どう整備するのか。
被災港の復旧に向け、各港で産業物流復旧プランを作成してもらった。これは港湾管理者や地元市町村、港湾関連企業などが協議会を組織し、復旧の手順をまとめたものだ。これは、ある意味「港湾BCP」のひな形になる。今後、全国の港湾でBCPを作成してもらうが、まず考えてほしいのは「どんな災害でもこのバースは動いている」という場所を決めてもらうことだ。産業物流復旧プランでも、どのバースを優先的に復興するのかを決めてもらった。優先度の高いバースの考え方などをまず整理してもらい、それに沿って耐震バースなどを整備していく。
— 全国の港湾の防災をどう進める。
昨年7月に交通政策審議会で「港湾における総合的な津波対策のあり方」をまとめた。これは被災地の復興・復旧に軸足を置いた中間的な取りまとめだったが、5月末を目途に最終報告をまとめたい。同時に現在各地方整備局などを中心に検討を進めている地域別の地震・津波対策の基本方針も、出していきたいと考えている。これらを基本的な指針とし、港湾管理者が各港湾ごとに津波対策を決めていく。最終報告では▽地域や港湾をどう守るのか▽地域の拠点である港湾をいち早く復興・復旧させるにはどうすれば良いのか▽災害に強い物流ネットワークをどうつくるかという3点が大きな柱となる。これらの考え方に基づいた各種の防災対策が今後実施されることになるだろう。
Interview3「粘り強い構造」独立行政法人港湾空港技術研究所 海洋研究領域長 下迫 健一郎 氏

(しもさこ けんいちろう)
1986年東大工学部土木工学科卒、運輸省(現国土交通省)入省。01年独立行政法人港湾空港技術研究所海洋・水工部耐波研究室長、08年関東地方整備局横浜港湾空港技術調査事務所長、10年から現職。主な研究分野は防波堤の耐波設計や新形式防波堤の開発、海洋エネルギーの有効利用など。

民間企業の提案も活用し、最適なコストに
— 防波堤の被害状況をどう分析しているか。
防波堤の被災パターンを大別すると、三つある。一つ目は津波の波力が、設計で考慮していた外力を大幅に上回りケーソンが滑動したケースだ。ここで言う波力は防波堤前面と背面の水位差による水圧のことで、水位差が防波堤の外側(前面)と内側(背面)で大きくなりケーソンが港内側に動いたものだ。逆に女川港の防波堤では防波堤の外側が引き波で水位が下がったのに、内側の水位が高い状態のままだったため、外側(沖の方)にケーソンが動いたものもある。八戸港と相馬港の防波堤は、前面に消波ブロックを設置した、いわゆる消波ブロック被覆堤だが、両港の防波堤も被害を受けた。消波ブロックは波浪作用を低減できるため、防波堤ケーソンの重量(断面)を小さくできる。しかし、津波に対しては波力低減効果が期待できないため、結果的に断面の小ささが津波の水圧に耐えられず、滑動している。こうした波力に持ちこたえられずに防波堤ケーソンが動いた例は多い。
— そのほかの被災パターンは。
二つ目は、防波堤の先端部である堤頭部の被害だ。釜石港の湾口防波堤は北堤と南堤があり、その中央に開口部があるが、津波はまず開口部から内側に入ってくる。その際、潜堤ケーソンが速い流れによって滑動し、さらに基礎マウンドの洗掘も発生。結果的に堤頭部が傾斜あるいは沈下、移動している。三つ目は、津波が防波堤を越流し、防波堤の背後が洗掘されたケースだ。八戸港の八太郎北防波堤(中央部)は、計算上今回の波力ではぎりぎり持ちこたえられるはずだが、津波が越流し、防波堤の後ろ側が洗掘され、ケーソンが動いた。これ以外でも釜石港の湾口防波堤の北堤では、一部のケーソンが滑動し、ケーソンが抜けたところに強い流れが作用して基礎マウンドが洗掘され、滑動したケーソンに隣接したケーソンも移動、沈下している。
— 壊れていない防波堤もあったが。
防波堤の中には断面が大きなものも多く、これらは波力に持ちこたえている。さらに、防波堤の内側に津波が入っていき、外側と内側で水位差が余り生じなかった場合も壊れていない。釜石港や大船渡港の防波堤は、津波防波堤のため、津波を正面で受け止める構造となっている。相馬港や八戸港も同様だ。それに対し、通常の防波堤は例えば「ハの字型」のような形で、津波の浸入を防ぐという想定はしていない。防波堤が水没するぐらい大きな津波が襲っても、最初の衝撃を耐えさえすれば動いていないケーソンもある。
— 今後の防波堤の設計の考え方は。
1000年に一度程度発生する最大級の津波と、数十年から百数十年に1回程度発生する頻度の高い津波の二つを想定し、設計を今後進めていく。頻度の高い津波に対しては基本的に壊れない構造とする。一方、最大級の津波に対しては完全には壊れないようにし、仮に多少変形してもマウンド上に残るような状態にする。最大級の津波を止めるには膨大なコストがかかり、そうした構造物を建設することは現実的ではない。仮に被災しても津波を軽減し、早期復旧を可能にするようなものをつくり、ハードとソフトの両面の防災対策を進め、人的な被害をなくし、経済的損失を軽減するという考えだ。
— 粘り強い構造が注目されているが。
今回の津波被害を踏まえ、越流による防波堤背後の洗掘対策をまず考える必要がある。防波堤の後ろ側を守るにはいくつかの方法があるが、簡単なのは後ろ側に石などを積み、高くすることだ。洗掘をまず防止し、仮にケーソンが動き出してもストッパーの役割を持たせるというイメージだ。コストも考えるとこれが現実的な対応と言える。すでに民間企業の方々からも具体的な提案をいただいており、それも参考しながら今後具体的な設計を固めていくことになるだろう。同時に設計を上回る外力が作用した場合の変形量を定量的に予測できる設計法などの研究を進めたいと考えている。