プロムナード 人と、海と、技術の出会い

プロムナード 人と、海と、技術の出会い

防波堤をはじめ、わが国の港湾構造物の本体に多く使われているケーソン(函体)。
そのほとんどは、陸上などの作業基地で製作され、設置場所まで運搬して据え付ける方法が採用されている。
ケーソンを製作する作業基地、それがケーソンヤードだ。
大規模な港湾工事には必ず付随し、港湾構造物の生産工場として重要な役割を担う施設である。

■斜路(スリップ)式ケーソンヤードの例

陸上の函台部で製作されたケーソンは、海上に向けて敷設されたレールの上を自重落下で進水される(小樽港)

■ドック(乾ドック)式ケーソンヤードの例

ケーソンを製作した後、ドック内に注水して本体を浮上させる(横浜港)

フローティングドック(FD)に搭載されたケーソン(常陸那珂港)

ケーソンの製作工場は1世紀の歴史

 港湾構造物は海中に建設されるため工事中に気象や海象など自然の影響を受けやすい。とくに海上でのコンクリート打設は、陸上での工事以上に困難が伴う。
 そこで部材の大半を陸上で製作し、設置場所まで運搬して据え付ける方法が採用されてきた。防波堤や岸壁の本体に使われるケーソンがその代表例だ。このケーソンを製作する作業基地(工場)がケーソンヤードである。
 ケーソンは、主にコンクリートと鉄筋でできた函体で、波力という大きな力に耐えるため一般的なビルの2倍以上の壁厚をもつ。重さは数千トンにもなることがある大型のRC部材だ。
 ヤード内には、ケーソンを組み立てるためのクレーンや移動させたり進水させるための設備、材料や型枠置場、鉄筋加工場、コンクリートプラント設備、受・変電所などの動力設備、さらに寒冷地ではコンクリート養生設備などの付属設備も設けられる。近年ではヤード内でコンクリートを製造打設するのではなく、レディミクストコンクリートをポンプで打設する方式が多くなった。
 わが国で初めてケーソンヤードがつくられたのは明治時代末のことで、現在まで、90年以上の歴史がある。わが国の近代港湾のさきがけの1つにあげられる小樽港の建設の際に設置されたケーソンヤードはその代表的な事例といえる。いまも現役で稼働しており、進水の際にはその様子が公開される。
 小樽港では、海に面した陸上に斜路式のケーソンヤードを設け、ケーソンが完成したら斜路に敷かれたレールを利用して海中にすべり落とす構造を採用していた。1万t級戦艦の進水を参考に発案された小樽港独自のこの方式は世界初の試みであった。
 以来、わが国の近代港湾建設ではケーソンが数多く採用されていく。それに伴ってケーソンヤードは港湾づくりに欠かせない施設として、全国の港に設置されてきた。

長期の量産に適した斜路式と乾ドック式

 陸上に作業基地を設けるケーソンヤードは、大きく斜路(スリップ)式とドック(乾ドック)式に分けることができる。いずれも広い敷地の確保が可能であり、製作個数が多く、長期間にわたって使用する場合に適している。

1) 斜路(スリップ)式
 文字通り斜路を利用してケーソンを進水させる方式。ケーソンを製作する「函台部」とケーソンを進水させる「斜路部」からなる。進水方式には、レールを敷いてその上にケーソンを搭載して自重落下で進水させる方法、多輪台車にケーソンを搭載してレールの上をウィンチで制御しながら進水させる方法などがある。
 ケーソンが大型化すると、その分、吃水が増大して斜路が長くなり、設備費が高くなりがちだ。このため一定の勾配ではなく、途中で勾配を強くする複勾配によりコスト縮減を図る。その一方で勾配が変化する部分では、台車などに部分荷重が発生したり、レールの不同沈下などで脱線事故を起す原因となるため、これらを防ぐ設計や施工法がとられている。

2) ドック(乾ドック)式
 ドック内でケーソンを製作したあと注水してケーソンを浮上させ、ドック門を開いて出口まで運び引船で海上に引き出す方式。進水方式としては、もっとも安全な方法である。
 設備費は、斜路式に比べて費用がかかる傾向があるものの、大型ケーソンを長期間にわたって製作する場合に適した方式だ。土質がいい場所に築造するのが原則だが、最近では地盤改良や長大杭の使用など技術の進歩によって、軟弱地盤や砂地盤での立地も可能になってきた。

 陸上にヤードを設ける方式は上記の2方式が代表的だが、これ以外の有力方式としてフローティングドック(FD)がある。海上のケーソンヤードといえるものだ。フローティングドック(FD)は海上輸送できる機動力を有し、製作数が少ない場合に適する。

進歩著しい製作・移動進水・運搬・据付技術

 ケーソンの製作自体は、ケーソンの種類に関わらずほぼ同じ工程をとる。
 製作は高さ約3mを一段として組み立てていくのが一般的だ。まず骨格となる鉄筋を組んで型枠を取り付け、この中にコンクリートを流し込んで固めていくというのが基本的な流れになる。この作業を繰り返して下の段から順次上へ組み上げていく。大きさにもよるが、1つのケーソンを製作するには、おおよそ3、4カ月を要する。
 沖合展開による大深度化でこれまでに16,000t級の超大型ケーソンが製作された実績もある。ケーソンの大型化は、同時に製作や移動・進水、運搬・据付技術を飛躍的に進歩させてきた。
 製作技術では、従来の手組みだった鉄筋組立をユニット化し、地上の製作架台で安全・効率的に組み上げ、クレーンで建て込んで省力化する鉄筋ユニット工法がある。
 移動・進水技術では、空気膜式によるケーソン移動装置が世界で初めて常陸那珂港で実用化された。空気膜装置や油圧ジャッキなどからなり、圧縮空気による空気膜でケーソンを浮上させて移動させる最新の技術だ。移動装置には摩擦係数が少ないテフロン板を使って移動桁上を移動させるスライド方式などもある。さらに巨大なケーソンを搭載し、作業基地の護岸から進水海域まで曳航して進水できる装置など、さまざまな最新技術が登場してきた。ケーソンを移動・進水させる動力もウィンチや油圧など多彩だ。
 大型化に加えて、コスト縮減に対する近年の要請は、施工性(製作の合理化・効率化・迅速化)、品質・精度、安全性、メンテナンス性といった言葉をキーワードにしながら高まっており、技術の開発に一層の拍車がかけられている。それは港湾構造物の建設に、今後もケーソンとケーソンヤードが不可欠な存在であることの証明でもあり、新設やリニューアルによる最新のヤード整備が求められている。