プロムナード 人と、海と、技術の出会い

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熊本港南防波堤

静穏な水域を確保することで、港の機能と安全を保つ。防波堤は、欠くことのできない代表的な港湾施設のひとつだ。そして、ケーソンは防波堤建造の代表的な形式として知られている。今回からは、建造される地域の特性や目的に応じて新たに開発されているケーソンについてご紹介する。第一回は、「軟弱な地盤を持つが波力は小さい」環境に適応する軟弱地盤着底型ケーソンを、「熊本港南防波堤」を例に挙げて話を進めることにしよう。

図1 軟着堤の基本的な構造形式

図2 熊本港南防波堤基本設計断面図(XI工区)

完成したケーソン

構造イメージ図

一般的なケーソンでは対応しきれない環境に適応させる

 防波堤に用いられている一般的かつ基本的なケーソンは、地上で製作された函状のコンクリートを、進水・曳航して所定の位置に移動・固定するタイプだ。波力に対しては、ケーソン自体の重量で抵抗することになる。しかし「重力式防波堤」とも呼ばれるこの方式は、すべての環境にそのままでは適応できない。たとえば、建造される地域の地盤が泥土やシルトなどの軟弱な堆積層である場合だ。

 軟弱地盤は、ケーソンの重量に耐えきれない。そのため、砂やコンクリートの杭を打込むなどの地盤改良が行なわれる。この地盤改良を伴う防波堤築造は、工事期間と費用を要するのが課題となっていた。

 このような課題に対し、ケーソンの形状を考慮することで、軟弱地盤への直接設置を可能にしたのが「軟弱地盤着底式ケーソン」(軟着堤)だ。

軟弱地盤にピッタリと「張り付く」ことで、波力に対抗

 軟着堤は、地盤改良を施さない軟弱地盤上に単位面積当たりの重量が軽いケーソンを直接設置する方式だ。

 基本的な原理は、ケーソン底面と軟弱地盤が持つ粘りのある表層の付着力で、水平外力(波)に抵抗する、というものだ。軟弱な地盤が持つ特性を逆に利用して、ケーソンを地盤に貼り付けるように固定させる、という発想だ。

 理論的には、底面の付着力はその面積によって発生するため、ケーソンそのものの重量とは無関係となる。

 そのため極端にいえば、ケーソンの上部は理論的には1枚の壁のような構造でもよいことになる。

波力に対抗できる面積を持つ底面に、それより小さな上部を載せた構造により、一般的なケーソンと比較すると、大幅に重量を軽減することが可能になるのだ。

 さらに、ケーソンの重量は、底面全体に分散されるため、ケーソンが軟弱地盤に沈むことも避けられる。結果として地盤改良は不要となり、「波高が小さく軟弱地盤をもつ地域」においては、経済的な防波堤築造を可能にする。

 軟着堤の構造形式としては、底面のみで波力に抵抗する「平型」と、杭を打設し底面と杭の両方の抵抗力で波力に抵抗する「くし型」に大別される。同様に上部構造の形状も、底面と壁状の上部構造で構成する基本的な「逆T型」と、底面とふたつの壁状の上部構造を持ち、ふたつの壁に挟まれた遊水室による消波機能を持つ「逆π型」に分けられる。 設計に当たっては、組み合わせによる4タイプのなかから、環境に適した形式を選択することになる(図1)。

有明海の厳しい自然環境を克服した軟着堤

 熊本港は、九州中部の中心に位置する人工島式の港湾だ。熊本市からは西へ約14km、白川と緑川にはさまれた広大な有明干潟に位置している。明治時代から新港開設が望まれたものの、有明干潟独特の環境から建設が困難とされていた。

 開港を阻んだ自然条件は、次のの3点に集約される。まず国内有数の規模となる約4.5mの潮位差。そして、沖合約1kmの地盤高が±0m、かつ海底勾配1/1,000〜1/2,000と極めて緩やかな緩勾配の干潟地域であること。この2つの自然条件は、船舶にとって干潮時の安全な航行・停泊の大きな妨げとなる。さらに、シルト質砂層の下に「有明粘土」と呼ばれる超軟弱粘土層が層厚40mにわたって堆積する軟弱な海底地盤。この海域における築港を実現するためには、こうした厳しい環境を克服する港湾技術の開発が必要だった。防波堤に限らず、港湾施設のさまざまな分野で着実に進められた研究と技術が、100万都市圏の海の玄関口としての整備を可能にしたのだ。

実験・検証を重ねることで軟着堤の設計を進める

 熊本港建設にあたっては、昭和58年から検討が開始された。

  1. 水理特性と設計波力
  2. 地盤支持力
  3. 滑動抵抗力
  4. 繰り返し載荷による地盤強度の低下などについて模型実験や、現地実物大実験等が繰り返し実施された。最終的には南防波堤に軟着堤が採用され、わが国で初の実用例となった。
 図2は熊本港南防波堤XI工区の基本設計だ。現地の施工条件を考慮して、短杭を用いた「くし型」+「逆π型」を採用した。

 前後の壁に挟まれた遊水室幅は3m、各壁面は、前壁20%、後壁6〜7%の開口部を設けることで、消波機能を持たせている。開口部の形状には、丸型が採用されている。

コスト面でも有利となった軟着堤の施工

 熊本港で採用されたのは、軟着底の特徴を活かした比較的小型(500t/函)のケーソンとなった。そのため、専用の大型ケーソンヤードを準備する必要がなく、造船所のドライドックや作業ヤード、岸壁背後など、港の整備進捗に応じて適宜作業場が確保された。

 従来の「重力式防波堤」との単純な比較は困難だが、熊本港の場合の試算では、工期が約1/4、工費が1/5〜1/7と大幅に低減される結果となった。

 軟弱地盤を持つ環境に適合したうえで、低コストで高効率の防波堤築造を可能にする軟着堤は、堆積土砂による軟弱な地盤を持つ河口港が多いわが国において、今後のケーソン設計の新たな可能性を提示している。