PORT REPORT 新みなとまち紀行

PORT REPORT 新みなとまち紀行

Cover Issue 日本海側の中央部に位置する伏木富山港。ロシアや中国、朝鮮半島など対岸諸国に近接、かつ東名阪の三大都市からほぼ等距離にあるという地理的条件を活かし、古くから日本の貿易を支えてきた。国際大交流時代を迎えたいま、増加しつづける貨物への対応はもちろん、市民の生活・レクリエーション空間としての整備にも注力。環日本海の交流拠点に寄せられる期待は大きい。


伏木富山港の歩み 伏木富山港を形成する伏木・富山・新湊の3つの地区は、かつてそれぞれに独立した港として歴史を重ねてきた。伏木港(現・伏木地区)は、1663(寛文3)年幕府が全国13ヵ所に開いた船政所のひとつ。富山港(現・富山地区)は、1621(元和7)年に加賀藩の積卸港に指定。これら歴史ある2港が1951(昭和26)年に統合されて伏木富山港となった。その後、1968(昭和43)年に富山新港(現・新湊地区)が開港し、国際貿易港として大きく発展。1986(昭和61)年には新潟港に次いで日本海側で二番目の特定重要港湾に指定された。
 現在、伏木地区では船舶の大型化に対応する港湾機能の拡充と外港化を推進。富山地区では 県都・富山市の海の玄関口として魅力あるウォーターフロントの創出を図っている。新湊地区では 増大する外貿コンテナに対応できる公共ふ頭の整備とともに、輸送効率の向上を実現する臨港道路の建設が進められている。
 定期コンテナ航路はロシアのボストーチヌイとのSLB(シベリアン・ランド・ブリッジ)航路が月1便、基隆・高雄・香港・シンガポールとの東南アジア航路が月1便、釜山との韓国航路が週4便、天津・大連・青島・上海間の中国航路が週2便それぞれ就航。


アクセス [ 空路 ]
富山空港から車で伏木地区まで1時間、新湊地区まで50分、富山地区まで40分
[ 鉄道 ]
伏木地区:JR北陸本線高岡駅より5km
新湊地区:万葉線海王丸駅下車
富山地区:JR北陸本線富山駅より5km
[ 車 ]
伏木地区:能越自動車道高岡I.C.より9km
新湊地区:北陸自動車道小杉I.C.より9km
富山地区:北陸自動車道富山I.C.より11km


県都の新名所は「運河」をキーワードに [富山地区]

運河の沿岸の緑地整備が進められている富山地区

河口部の「岩瀬カナル会館」ではホールや会議室の貸出しのほか、周辺の観光案内も行っている

みなとと市街を緑でつなぐ

 富山地区は、現在15,000t級船舶4隻、10,000t級船舶1隻が係留できる岸壁のほか、沖合には280,000t級タンカーが係留できるシーバースを保有。また上屋、貯木場、荷役機械なども整備されており、原油や原木などの外国貿易に対応している。県都・富山市の海の玄関口として、さらに大型船舶の利用に資するべく外港化が計画されているが、現状では具体的な取り組みにまでは至っておらず、老朽化した施設の補修などが先行して進められている段階だ。
 併せて港湾計画の一環として推進されているのが、富岩運河親水緑地の整備である。明治期、洪水対策として神通川を直線化したことにより、大きく蛇行したかつての川の跡地が富山駅と市街地のアクセスを妨げた。これを埋立てる土砂には、富山駅北部と港をつなぐ5kmの富岩運河の掘削土砂が使用された。富岩運河は1935(昭和10)年に完成し、資材運搬の便が向上。沿岸工業地帯の発展に大きく寄与することとなった。
 県の整備計画「富山ポートルネッサンス21」では、この運河を物流や産業のために利用するだけでなく、市民の生活・レクリエーション空間など多目的な利用を促し、ひいては富山市の新しい観光拠点とすることを核としている。1988(昭和63)年に運河沿岸の緑地整備工事がスタート。富山駅北口の9.7haの敷地に、親水広場や総合体育館などが設けられた富岩運河環水公園を起点として、河口へ向けて着々と整備が進められている。
 緑豊かな親水空間づくりに、県都の新しい顔として大きな期待が寄せられる。

10月9日に開催された「運河まつり」の様子

富山県 土木部港湾課 石橋則昭 課長補佐

 すでに緑地整備が行われたエリアでは、市民の方々が散策やジョギングなどを楽しんでおられます。昨年8月には運河沿いの7つの自治振興会が中心となって「運河のまちを愛する会」が設立され、広く会員参加を呼びかけて運河を軸としたまちづくりが進められています。10月9日には会の主催による『運河まつり』が開催され、カヌーやボート体験などのイベント、屋台でにぎわいました。(談)

世界への門戸をさらに広げるために [伏木地区]

外港展開が進められる伏木地区

ウラジオストク間に就航する定期客船

外港化で効率と安全性を向上

 伏木富山港のうち最も西に位置する高岡市の伏木地区。港湾区域は小矢部川の河口にあり、背後地はパルプ、化学工業を中心に臨海工業地帯として造成が進められてきた。石油製品やアルミダイキャストなどの生産が盛んで、対岸諸国との貿易港として県内外の経済発展の一翼を担っている。また、1993(平成5)年から毎年7〜9月の期間、ロシアのウラジオストク商業港と定期客船が就航。これは伏木富山港3地区のなかで唯一の定期旅客航路である。
 現在、伏木地区においては年間何十万㎥にもおよぶ埋没土砂の恒常的な浚渫からの脱却を果たし、かつ船舶の大型化への対応、石油など危険物取扱施設の市街地との分離を目的に、物流ネットワークのゲートウェイとなる外港展開を推進。事業の核となる多目的国際ターミナルは、現状−12mバース(最終的には−14m)が整備され、来年度の供用が予定されている。また、背後地と外港を有機的に結ぶ臨港道路伏木外港1号線の整備が進められている。さらに、近年、入港した船舶の1〜2割程度が波浪による荷役障害を受けているため、防波堤の延伸による対策も講じられる計画である。

昨年5月20日に出現した富山湾の蜃気楼(写真提供:石沢啓一氏)

富山湾のフシギ 蜃気楼・埋没林
 3月の中旬から6月の上旬にかけて、富山湾には当地の春の風物詩、蜃気楼が見られる。海面近くに温度(密度)の違う空気の層ができることによって光が屈折を起こし、遠くの風景などが変形して見える現象である。富山湾は三方を山に囲まれ、一方に水深1,000mの海が開けるという独特な地形を形成しているため、蜃気楼が起こりやすくなるという。北海道や琵琶湖などでも見られるが、富山湾のものが最も大胆な像変化を見せるとのこと。「魚津蜃気楼研究会」の石沢啓一会長に話を伺った。
 「蜃気楼観察を主な活動とする当会には、県外の会員も参加しています。天気図を見て、東西に長い高気圧があり、その中心が太平洋側に抜けて、なおかつ富山県内が高気圧に入っているという条件が揃うとメールで会員に連絡。カメラや望遠鏡を持って集まります。写真展などを通じて、富山の蜃気楼をもっと広めて行きたいと考えています」(談)
 蜃気楼同様、富山湾の“フシギ”として知られる魚津埋没林は、約2,000年前、川の氾濫によって流れ出た土砂がスギの原生林を埋め、その後、海面が上昇して海底に沈んだ林が発見されたものである。

魚津埋没林は、1955(昭和30)年、国の特別天然記念物の指定を受けた

魚津蜃気楼研究会 石沢啓一会長