ポート エコロジー port ecology

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 交通政策審議会(御手洗冨士夫会長)は3月25日、「地球温暖化に起因する気候変動に対する港湾政策のあり方」の答申を国土交通大臣に提出しました。地球温暖化に対応した今後の港湾行政の基本的な方向性を示したもので、地球温暖化の防止・緩和への貢献策(緩和策)と、沿岸地域の災害リスクの最小化策(適応策)が盛り込まれています。2007年11月に発表された「気候変動に関する政府間パネル
(IPCC)」の第4次評価報告書によると、21世紀末に最大59cmの海面上昇があると予測しています。その海面上昇の危機に対し、港湾行政は今後どのように取り組んでいけばよいのでしょうか。答申のとりまとめを行った同審議会港湾分科会の黒田勝彦分科会長(神戸市立工業高等専門学校校長)にお話をうかがいました。

答申をまとめた背景は。

 「大別すると二つの理由がある。一つ目は地球温暖化による水面上昇に対し、どう対応していくのかという点。二つ目は産業構造の変化に伴う物流システムへの対応。私の地元の大阪湾臨海部では大手電気メーカーが液晶パネルやソーラーシステム、バッテリーなどの工場を次々と建設し、“パネルベイ”と呼ばれている。これらの工場を見てもわかるように、“環境”がキーワードとなって産業構造が変わりつつある。物流システムも同様に『環境』という視点から変えていかなければならない。答申はその二つの視点からまとめられている」

災害リスクの最小化を図る適応策のポイントは。

 「防潮堤など港湾施設の多くが老朽化している。ただ、その正確なデータは整っていない。まず、その調査を先行させ、緊急に修復が必要な個所を選定する必要がある。修復・修理は海面上昇があるという前提で、新たに作成する設計基準に基づいて整備する。災害を実際に受けた港湾施設も同様に、原形復旧ではなく、将来の気候変動による海面上昇を見通した整備が重要となる」
 「港湾施設の背後地には人口が集積し、ゼロメートル地帯も多い。特に東京湾、伊勢湾、大阪湾などは水面上昇が進んだ場合、どの程度の被害がでるのかシミュレーションを行う必要がある。港湾関係施設では災害に対し、河川行政のような予防的な見地で、施設計画を行う仕組みができていない。どんな被害が想定されるのか、それを把握した上で、被害を最小限に抑える施策も検討する必要がある」

温暖化防止・緩和に向けた緩和策のポイントは。

 「緩和策で議論になったのは、港湾・臨港地区だけで対策を考えるのか、そうではなく、物流システム全体に広げるのかということが焦点となった。結果的には物流全体で考えなければ効果が上がらないということになり、物流という大きな枠組みで議論を進めた。このため、各施策は港湾空間内での施策と物流全体を包括した施策の両方が盛り込まれている」
 「例えば港湾空間内では接岸中の船舶の温室効果ガスの削減策などを提案している。具体的には接岸中の船舶に二酸化炭素(CO)の排出量の少ない陸上電力を供給しようというものだ。同時に港湾施設内に太陽光などを利用した電力供給施設を設ければ、もっと温室効果ガスを削減できる。さらに、港湾内には廃棄物の最終処分地があり、未利用な埋立地がある。有毒ガス発生などの問題もあり、すぐには利用できないが、この土地をうまく活用する必要がある。緑化をはじめ風力や太陽光などの自然エネルギー供給施設の設置も提案している」

物流システムではどんな施策がありますか。

 「物流システムでは海上輸送や鉄道輸送など環境負荷が少ない輸送モードへの切り替え(モーダルシフト)を求める一方、トラックのカラ搬送などを減らすため、内陸部の貿易貨物輸送基地であるインランドデポに、さらに新たな機能を加えた『インランドポート』の設置を提案している」

港湾行政は環境という視点を取り入れることで変わりますか。

 「環境はこれまで、生態系の破壊など、狭い意味で使われるケースが多かった。だが、本来環境というのはもっと大きな枠組みで捉える必要がある。藻場の再生は生態系を守るだけでなく、COの吸収にも役立つ。一つの視点にとらわれるのではなく、多角的に港湾行政の中で環境問題に取り組んでいく。予算的な制約もあるので、民間の活力をどう取り入れていくかも課題だ。港湾を含めた物流・交通のグリーン化は今世紀の大きな課題の一つになることは間違いない」

「地球温暖化に起因する気候変動に対する港湾政策のあり方」の答申のポイント
適応策に関する具体的施策

(1)海面水位の上昇等に対応した柔軟な防護能力等の向上

  • 中長期的な視点に立って海面水位の上昇等を織り込んだ防護能力の向上策をハード・ソフトの両面から総合的に展開
(2)高潮等発生時の災害リスク軽減のための予防的措置
  • 防護ラインの外側については被害を軽減するための避難や流出防止対策、上屋や倉庫の嵩上げ等による対策を推進
(3)災害時対応能力の向上
  • 防護水準を超過した高潮等が発生した場合であっても被害を最小限に抑えるため、初動体制の強化、港湾機能の早期回復、間接被害を軽減するための広域的な代替輸送ルートの確保、粘り強い防護システムの構築等を推進
(4)特に先行して取り組む施策
  • 海面水位の状況等の総合的かつ広域的なモニタリングを実施
  • 民有施設も含めた構造物の現状の機能・過去の履歴等のデータベース化を実施
  • 海面水位の上昇や波浪の強大化等による脆弱性分析などの災害リスクの評価のための手法を確立
  • 災害の危険性の高い地域における緊急津波・高潮対策や老朽化対策等の既往施策を重点的・効率的に推進
  • 避難場所の整備等と併せた災害情報の提供、港湾関係者や民間企業、住民等から構成される協議会等による避難計画の策定等のソフト施策の充実・強化により、地域における防災力の向上を推進
  • 構造物に作用する外力の軽減、整備コストの低減、景観に配慮した構造物等の研究開発など新たな対策技術の開発を推進。また、超過外力作用時の構造物の挙動や流出物対策についても検討

策緩和策に関する具体的施策

(1)低環境負荷の物流システムの構築

  • 荷主、輸送事業者等と連携して、モード転換の課題 や解決策を検討し、効率的で円滑な積み替え方法を明らかにするとともに、船舶の航路ネットワークの維持についても検討し、モーダルシフトを促進
  • 内陸部の非効率な空荷輸送を削減するため、荷主、輸送事業者等との連携により、課題や利用転換策を検討し、インランドポートの実現に向けた取り組みを促進
  • 港湾間のコンテナ横持ち輸送について、効率性やコスト面についての課題や解決策を検討し、内航海運への転換を促進
(2)港湾活動に伴う温室効果ガスの排出削減
  • 港湾、ターミナル周辺における渋滞対策としてAISから得られる本船動静情報等の運送事業者への提供や総合的な道路体系の構築等を推進
  • 接岸中船舶の船内発電による温室効果ガスの排出を削減するため、陸上電力供給施設の導入を促進
  • エネルギー行政や臨海部に立地する企業等と連携し、太陽光発電等の再生可能エネルギーの利活用を促進
  • 荷役機械に対する省エネルギー技術の普及に向けた取り組みの促進
(3)港湾におけるCOの吸収源拡大等の施策の推進
  • 温室効果ガスの吸収効果の高い緑地の整備や藻場等の保全・造成・管理、藻類等の生育が可能となる生物共生型港湾施設の整備・管理を推進
  • 内陸部のヒートアイランド対策と連携した「風の道」の形成に向け、港湾における緑地等の配置及び整備を推進
(4)臨海部の産業間の連携等の推進
  • 国及び港湾管理者を中心とする、運送事業者や臨海部に立地する企業等からなる温室効果ガス排出削減に向けた協議会の設置等、推進体制を整備しノウハウの共有を推進
  • 臨海部で進められる民間企業等の取り組みに対する協力や支援を推進
(5)港湾管理者を中心とする総合的な温室効果ガス排出削減計画策定の推進
  • 国が港湾における温室効果ガスの排出状況や削減効果等の分析ツールを提供し、国内外の先駆的事例の調査、情報共有の促進等の環境整備を図ることにより、港湾管理者を中心とする総合的な温室効果ガス排出削減計画の策定を推進

黒田 勝彦(くろだ・かつひこ)
1966年京都大学大学院工学研究科修士課程土木工学専攻修了。72年京都大学工学部講師、74年同助教授、82年オーストラリア国ウーロンゴング大学客員准教授、91年熊本大学工学部教授、93年神戸大学工学部教授、2005年神戸市立工業高等専門学校校長。専門は港湾・空港計画、土木計画学、運輸・交通計画学、沿岸域計画、リスク・マネジメント。国土交通省交通政策審議会委員兼港湾分科会会長をはじめ数多くの公職を務める。66歳。