名作が生まれた港

名作が生まれた港

室津漁港は歴史ある天然の良港


井原西鶴 Ihara Saikaku

1642(寛永19)年−1693(元禄6)年。浮世草子・人形浄瑠璃作者にして俳人。俳句の松尾芭蕉、浄瑠璃の近松門左衛門と並び、元禄時代の三大大家といわれる。15歳で俳句の世界へ入門。しかし私生活は放蕩の限りを尽くし、40歳を過ぎた頃から町人文学「浮世草子」を書き始めた。色恋沙汰をモチーフにした『好色一代男』『好色一代女』や、金と人の関係を描いた『日本永代蔵』『世間胸算用』などが代表作。左の絵は自画像。


西日本一の港として栄えた歴史

 市町村合併で生まれた兵庫県たつの市と紹介するより、高級素麺「揖保之糸」で知られる旧名・揖保郡のほうが通りがよいだろう。播磨灘を臨む御津町室津は三方を山に囲まれ、室(部屋)のように風を防げる津(港)であることからその名がついたという。ジャコの一種・イカナゴやアナゴ、カキなどが水揚げされる小さあな漁港を持ち、「ひなびた」という形容が似合う町だが、その昔は全国に名が聞こえていた。
 江戸時代、九州の大名たちは、参勤交代の際に室津へ船を着け、陸路で山陽道へ向かった。室津の西側はリアス式海岸が続くうえ多くの島が航路を遮り、東側は遠浅の海が続く。いずれも航行や停泊に不向きだったため、室津が海路と陸路を結ぶ拠点となったのだ。町には大名の宿である本陣が多数設けられ、大いに賑わった。1689(元禄2)年、浮世草子作家の井原西鶴が発表した名勝旧跡の案内「一(ひと)目玉(めたま)鉾(ぼこ)」のなかで、室津は次のように描かれている。
 「此室の入海は西国第一の舟がかり/湯風呂あまた有/遊町さかりて風義のよき所也」
 室津は西日本で一番の港で、湯風呂屋がたくさんあり、歓楽街が栄えて風紀のよい所という記述だ。旅の夜を楽しむ宴の街は、さぞや賑やかだったことだろう。
 西鶴が実際に室津を訪れ、華やかな街に遊んだという明確な証拠はない。しかし、大坂に住む俳人でもあった西鶴には、播磨に多くの門人がいた。また、彼は旅を好み、門人のもとを訪れる機会も多かった。浮世草子とは、現実社会を題材に取って町人たちの日常生活を描き出す作品である。この分野を確立した西鶴は、当時の室津に強く興味を引かれた。それは処女作「好色一代男」の記述にも表れている。


伝説に現実味を与える町の由緒

 1682(天和2)年発表の「好色一代男」の巻五・三十一章の書き出しはこうだ。「本朝遊女のはじまり、江州の朝妻、播州の室津より事起こりて、いま国々になりぬ」。日本の遊女のはじまりは江州(現・滋賀県)の朝妻と室津から起こり、いまでは全国に広まったというのである。さらに作中では、朝妻では絶えてしまったが、室津は西国一の港なので昔より遊女が増え、行儀も大坂に引けをとらないと続き、室津の遊郭の話がつづられる。
 この作品は、7歳にして色恋に目覚めた主人公・世之介が、やがて父親の莫大な遺産を手にして諸国の遊郭で放蕩し、60歳で女護ヶ島へ渡るまでを描いた物語である。ひとたび発表されると話題が話題を呼び、大坂版3種に菱川師宣画の江戸版と絵本まで出されるほどになった。いまで言うところの大ベストセラー作品に、遊女発祥の地として室津は紹介されたのである。
 遊女の発祥は、実のところはっきりと特定されていない。万葉集に「あそびめ」の読みで記述があるが、平安末期の武将・木曽義仲の夫人だった友君を遊女の祖とする説もある。いずれにしても、中世までの遊女は歌や踊りなどの芸で客を楽しませる商売であった。彼女たちは職能集団として全国どこへでも移動して商売することができたが、豊臣秀吉が天下統一を行った際に遊郭に留まらせた。徳川家康はその制度を引き継ぐとともに、全国25カ所を公認の遊郭とした。室津はそのひとつであった。
 室津には室君という遊女の長が存在し、「五ヶ精舎」と呼ばれる五つの寺を建てたといわれるほど栄華を誇った。さらに、先述の友君の塚が建てられており、幕府公認の件も含め遊女発祥の地らしき“状況証拠”があることは確かだ。しかし、友君の塚は実は他の地域にも存在し、さらに友君は実在しなかったのではないかという説もある。
 作中に登場する室津の遊女は、香の種類を嗅ぎ分ける感覚を持ち、職能に長け、金銭への執着を持たない。その正体は高名な武家の息女で、感銘を受けた世之介は彼女を請け出し、親元へと送り返す。このような逸話に、当時の読者は遊女発祥の地の由緒を感じ取ったことだろう。


室津には風情ある街並みがいまも残る

「好色一代男」巻五・ 三十一章に描かれた室津の遊郭

室津には六つの本陣が置かれたが、現在は碑が残るのみとなっている

室津に建てられた遊郭の祖、友君の塚

室君が建てた「五ヶ精舎」のうち唯一、見性寺だけが残っている


[参考資料]現代語訳西鶴 好色一代男(小学館ライブラリー)
[取材協力・監修]柏山泰訓氏(「嶋屋」友の会事務局長)