若き海洋人たち

若き海洋人たち

鈴木さんは日本ライフセービング協会の「アドバンス・サーフ・ライフセーバー」の資格を持つ


日本体育大学 ライフセービングクラブ パドルボード種目キャプテン 鈴木郁蘭(あやか)さん

日本における海やプールでの溺死・行方不明者数は毎年1,300〜1,400名。こうした事故の多くは、迅速で的確な救助が行われれば、尊い生命を落とす事態にまでは至らないといいます。水辺の安全確保のために必要な技術・知識を身に付け実践するライフセービングの分野で、競技者として優秀な成績を上げ、活動そのものをライフワークとして位置づける一人の女性ライフセーバーに話を聞きました。

「趣味は料理。食生活に気をつけて、インスタント食品は食べないようにしています」(談)


 早朝、江ノ島そばの海岸に15名ほどの若者たち。ボードに腹ばいになってクロールのように漕ぐパドリングで沖に出ては海岸へ戻ってきます。縦隊を組んでコースをたどる、海岸へ戻る際に順位を競うなど、さまざまなトレーニングをこなす表情は真剣そのもの。
 
 ひととおりのメニューを終えると、浜辺で円陣を組んでのストレッチへ。楽しげな談笑ももれ聞こえるその輪は、日本体育大学ライフセービングクラブのメンバーたち。輪の中心で丹念に筋肉をほぐしているのは、4年生の鈴木郁蘭さんです。彼女は昨年、日本ライフセービング協会主催の全日本選手権のアイアンウーマン競技(スイミング400m、レスキューボード600m、サーフスキー800mのレース)で優勝、パドルボード競技で準優勝、またインターカレッジのアイアンウーマン競技でも優勝と、輝かしい成績を収めた同クラブの中心選手です。日本を代表するライフセーバーである彼女の1日をダイジェストしてもらいました。
 
 「毎朝8時から10時までこの海岸でトレーニングをしてから、世田谷のキャンパスへ出かけます。朝練は学校でやることも。授業のあとは17時半から2時間、グラウンドでのランニングなど、基礎体力のトレーニングを行います」(鈴木さん)
 
 クラブ単位でのトレーニング以外にも、時間を見つけては一年中、それこそ正月にも海に入り自主トレを行っているとのこと。聞けば、彼女の実家は都内。ライフセービング活動のために、通学の便を省みず、江ノ島近くで独り暮らしをしているのでした。
 
 「ライフセービングがやりたくて日体大に入ったんです。もともと海が好きで、高校生のころは趣味でサーフィンをやっていました。プールの監視員のアルバイトをしているときに、小さな子どもを助けたことがあって、それがライフセーバーを目指すきっかけになりました」(鈴木さん)
 入学当初は体力が付いていかず、苦しんだこともあったそうですが、3年生になると頭角を現し、好成績を収めることに。今年も各大会の優勝候補と目されています。
 
 4年生となると就職活動も忙しくなるはずですがと尋ねてみました。
 
 「企業訪問などはしていませんが、中学・高校の教員免許を取得する予定です。実際に教員になれるかどうか、わかりませんが(笑)」(鈴木さん)
 
 少々恥ずかしそうに笑う彼女の頭は、どうやら間近に控えた大会のことでいっぱいな様子。次に将来について聞いてみると、先ほどとは打って変わって力強い口調で答えました。
 
 「仕事をしながら、できる限り長くライフセービングに携わって行きたい」(鈴木さん)
 
 社会人ライフセーバーの多くは、地元のクラブに所属し活動をつづけています。単なるスポーツではなく人命救助を根幹に置くライフセービングは、競技を引退したあともボランティアとして水辺の安全確保に携わるなど、ライフワークとして活動が可能。そんな側面が、ライフセーバーたちに強い使命感を与え、息の長い活躍を支えているのでしょう。


日体大ライフセービングクラブは部員100名を超える大所帯。この競技の名門として、これまで多くの優秀な選手を輩出している。

夏季の合宿では、実際に海岸を監視し、救助活動を行う。厳しいトレーニング中でも誰一人としてつらそうな顔を見せないのは、メンバーが海を愛し、そしてトレーニングが人命救助に直結する使命感のなせるわざだろう。


『バイ・スタンダー』の育成を目指して
特定非営利活動法人 日本ライフセービング協会

日本ライフセービング協会は、国際ライフセービング連盟(ILS)の日本代表機関。
競技大会主催のほか会員団体の活動支援、教育活動、ライフセ−バーや指導者養成のための資格認定などを中心に行っている。現在、会員数は個人ベースで約3,000名、団体ベースで100強、有資格者は累計で約17,000名を数える。「最近ではジュニアライフセーバー教室の開催や、学校教育への導入推進など、子どもたちを対象とした教育活動にも注力しています。幼いころから海での安全確保を教えることは、将来の事故防止につながります。また、当会ではライフセーバーだけでなく『バイ・スタンダー(By Stander:事故の現場に居合わせた人間)』の適切な対応も目指しています。当会の小峯力理事長(流通経済大学助教授)は『当会の究極の目標は、ライフセイバーのいらない世の中になることです』と話します」(川地氏談)

ジュニア向けの教育として、協会主催の教室のほか、会員団体へのテキスト提供、指導員の派遣・育成などを行っている。

会員は20〜30代が中心で、男女半々。50代60代の登録者も増えてきているという。

特定非営利活動法人日本ライフセービング協会 事業部長 川地政夫氏