Human's voice 技術者たちの熱き想い

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 茨城県の常陸那珂港にわが国最大級のケーソンヤードがある。沖合の東防波堤築造に用いられるケーソンを製作する専用の施設だ。最大長さ30m、8,000tにも及ぶ巨大なケーソンが据付を待ちながら並んでいる。6階建のビルにも匹敵するこのコンクリートの函体を持上げ、移動させるのはフルーズと呼ばれる専用の移動装置だ。この最新鋭システムの能力を最大限まで発揮させているのは長年の経験に培われた技と英知だった。

8,000tの巨大ケーソンを持上げるフルーズ

 常陸那珂港のケーソンヤードは平成4年から稼動、株式会社海建もケーソンの移動装置・進水装置の管理進行の専門企業として同時期に設立された。電気技師、操船免許から溶接にいたるまで、あらゆる資格を持つプロフェッショナルが結集した会社である。事業部長の作中は第1函目のケーソン据付時からこの現場に関わってきた。この港のことを知り尽くしたベテランに、6階建てのビルにも相当する巨大な構造物をいかにして移動するのか、その技について話を伺った。
 専用のヤードでケーソンを製作、フルーズと呼ばれる移動装置でケーソンを動かし、進水台船のDCLに乗せて所定の位置まで曳航し据え付ける。常陸那珂港の東防波堤はこうした作業を繰返し、ケーソンを並べて海中に壁体を造ることによって築造されてきた。作中はこのフルーズとDCLの運転、操作を統括する立場にある。「空気膜で摩擦抵抗を最小限まで消してケーソンを滑らせるように動かすんです」。フルーズはケーソンを昇降させる油圧ジャッキとスライドウェイの上を走行する円盤状のサポートフレームで構成される。空気膜装置にあるサポートフレームの圧力室に圧縮空気を供給し、スライドウェイとの間に空気の膜をつくり油圧ジャッキでケーソンを上げる。「その状態で二基ある油圧シリンダーの推進爪をガイドレールの切り欠け部に掛けて引張るように移動を繰返すんです。シャクトリムシの動きに似ているかな?」。その速度は1分間に1m。巨大なコンクリート函が威風堂々と運ばれていく。
 最も配慮しなければならない点は当然のことながら「安全確保」だ。作業場所は8,000tのケーソン直下にあるフルーズとよう壁の隙間に設けられたわずか50cmの通路だ。「この狭さ、暗さでは体をまっすぐにして歩くことなんてできません。怪我を負わないように作業は二人組で注意を促しながら行うのが鉄則です」。1条のスライドウェイにフルーズの管理、調整をするため2人ずつ、4条で計8名の作業員を配置している。安全をさらに確実なものにしているのが各種センサー類だ。移動装置には60基の空気膜装置が配置されており、それぞれに油圧などの状態を見守るセンサーが二つずつ装備されている。フルーズだけで合計120個、その周辺に配された近接センサーなどを含めると250以上のセンサーがこの移動装置に張り巡らされていることになる。すべてのセンサーの状態は操作室のパソコン画面にマス目状でモニターされ、正常なセンサーのマスは青色、異常だと赤色で表示される。赤色のマスが点灯し重大な異常を示した場合は移動装置全体が停止する。「微細な異常も見逃さないこれらのセンサーによって、作業員の安全とケーソン本体の構造が守られているんです」。しかし、安全、迅速に作業と工程管理はこうした最新設備、最先端の技術だけに頼るわけにはいかないと言う。「その技術を活かしていくのはあくまで現場の人間ですから、長年にわたる経験と検証も必要なんです」と語る。最新の技術と現場で培われた経験則の融和。話がすすむにつれ、作中の言葉からそうした思いが伝わってきた。

経験と英知によって活かされる最新設備

 フルーズは造船所等で重量物の運搬用として用いられていたが、超重量の大型ケーソンの移動に利用されたのはこの常陸那珂港のケーソンヤードが初めてのことだった。「装置は最新鋭の素晴しいものですが、操作からメンテナンスまで何もかもが初めての試みでした。暗中模索と言えば大げさかもしれませんが、仮眠もとらず夜を徹して総動員でトラブルの原因究明に当たることなど日常茶飯事でした」。稼動を始めた当初はモニターが示す「赤色」の原因を瞬時に判断することが正直困難だったという。「モニターは異常な箇所を指し示してはくれるのですが、その原因までは教えてくれません。しかし経験を重ねるごとに、赤く点灯しているセンサーそのものではなく、その周辺、近接するセンサーが干渉して異常を示すことも多いことが判明しました」と当時を振返る。センサーやケーブルに異常が認められた際には疑わしい箇所を丸ごと取り替えて工程を優先させた方が効率的であることも分かった。もちろん取り外した部分は改めて仔細に検証され、操作上の留意点は年度毎に報告、マニュアルとして蓄積されている。そうした経験に培われた知識によって今ではあらゆる「赤色」に迅速に対応できるようになった。作中は知識を記録として残すことも重要だが、後輩たちには実際に現場で体験しながら身につけ、頭に叩き込むことも必要だと考えている。今でもフルーズを操作する際には自ら現場に出て作業員にハッパをかけるのだという。

 フルーズの先には進水台船(DCL)が待っている。船体内のタンクにたたえた海水の重みで支承台にしっかりと着底しているDCLに、ケーソンを搭載した移動装置がそのまま乗り移る。DCLはケーソンを乗せると海水を排出して浮上、防波堤の建設現場まで曳航される。この船には船体の水平を保つため傾きを自動制御するシステムが採用されている。「例えばパラメータの設定によって0.3度の傾きが4秒以上継続するとシステムが作動して各タンクに注水する海水の量を自動的に調整するようになっています。パラメータの値は当日の潮、風、波の周期など海域の状況を観察してその都度設定します」。ここでも常陸那珂の海をいかに把握しているかという経験が必要になってくるということだ。
 「若いスタッフたちにはマニュアルを熟読するようよく言います。どこに何が記載されていたか、それだけでも記憶にとどめておく必要がありますから」と作中は話す。あとは自らの経験が技術を磨き、自分のマニュアルを進化させていく。
 10年以上の歳月をかけて東防波堤は4,600mにまで延伸した。ケーソンを製作し、一つひとつ台船で曳航し現場に据付ける。この作業を丁寧に、しかも迅速に繰返しながら防波堤が築造されていく。背景にあるのは最新の技術と経験に培われた英知だった。北関東の物流拠点となる常陸那珂港の安全を護るため、防波堤は今も南に向けて伸び続けている。

ケーソン移動装置(フルーズ)

 ケーソン移動装置(フルーズ)はヤード内の底部に設けられた4条のスライドウェイを走る4列の台車群によって構成される。台車群1列あたり15基、全体で60基の空気膜装置が配置されている。一つの空気膜装置が持上げるジャッキ能力は200tだから最大で12,000tの重さに対応する計算になる。したがって8,000tのケーソンを持上げることができるわけだ。250を超えるセンサーからデータを伝えるケーブルや、油圧、電源のケーブルなども装置全体に張り巡らされ、それらは操作室に収束され一括して管理される。フルーズは繊細な神経回路に覆われた巨大な生物のような面もある。

■移動装置構成図