Human's voice 技術者たちの熱き想い

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 浚渫した土砂、軟泥を埋立地造成の地盤材料として有効活用する。そのためには土砂を陸地まで搬送する必要がある。土地活用を早期に実現するための軟泥の改良も考慮しなければならない。浚渫船と埋立地を結ぶ鋼製のパイプの中を圧縮された空気とともに浚渫土砂が送られていく。浚渫土砂は管中で良質な「建設資材」として生れ変わっていた。その技術が開発される舞台裏を訪ねた。

浚渫した海底土砂を建設資材として活用する

 昭和40年代後半、高度成長期にあった我が国では、大気汚染、水質汚濁などの公害が大きな問題として浮上していた。臨海部の工場群や住宅地から排出され、海底に堆積したヘドロ。その除去作業は、環境面ばかりではなく、船舶の安全な航行を約束する航路や泊地の確保という点からも緊急の課題となった。当時、東亜建設工業(株)に籍を置き、浚渫土砂の運搬方法や処理処分方法の開発、研究に携わっていた西川は、ヘドロの拡散を防止する高濃度浚渫工法や、管路を用いた土砂の空気圧送工法をもってこのテーマに挑み、多くの実績を残す。管中混合処理の原点ともいうべき技術はこの頃から進められていた。
 そして近年、新たな時代の要請が聞こえてきた。現在、信幸建設(株)に移籍した西川はこう語る。「近年、浚渫した土砂を埋立地造成の建設資材として有効活用できないかという要請があります。海底に堆積しているそのままの状態で軟泥を埋立地に送り、その地盤を山土同様、早期に安定させるという浚渫土砂の再資源化です」。港湾土木各社は浚渫した軟泥に固化材を混入させ改良する「管中混合固化処理工法」の研究開発に取組み、大きな成果をあげることになる。以前から同様の課題に取組み、技術開発、研究を重ねてきた西川はその経験からこの研究が混合に活用できると考えた。高濃度の土砂をパイプで圧送すると管内で独特の流れが発生する。いわゆるプラグ流である。プラグとは西川の言葉を借りれば「紙鉄砲の玉」と言い換えられる。プラグとなった軟泥は残泥を巻き込みながら管中を流れていく。その流れを活用すれば投入した固化材が自然と軟泥に混ざるのではないか?当時はミキサーによって浚渫土と固化材をあらかじめ混合処理する方式が主流だったため、そうした施設無しでも混合することができるということを、なかなか信用してもらえなかった。パイプの中を流れる軟泥の動き、プラグ流の挙動を読みながら理論の実証に挑む。時代の要請を先取りし、応え続けてきた実績と経験を信じ、西川は研究を続けた。

プラグ流の挙動解析と新しい圧送技術の開発

 0.5mm程度のプラスチックの粒子をプラグ流に吹き込み管中圧送し、そのサンプルをフィルムケースのような容器に何百と採取する。「ケースごとのサンプルからプラスチック粒子を洗い出すと、それぞれのサンプルから平均的な量のプラスチック粒子が確認され、理屈だけではなく実際にプラグ流によって固化材と軟泥が均一に混合されることが証明されました」。さらに、透明なアクリルのパイプの中に、着色した粒子を混入したカンテン状の物質を流し、その挙動を観察する。対流、拡散、せん断といった「モノの流れ」についての研究、つまり「流れを可視化」することにより管中混合の実質的な効果を得ることができた。プラグ流は形成と崩壊を繰り返すことで管中を移動しながら混練りされていく。これまで圧送手段としてしか認識されていなかったプラグ流が、浚渫土の移動と固化材の混合という二つの作用を同時に兼務しているのだ。ここに管中混合固化処理工法/プラグマジック工法の原理が確立する。「プラグ流が存在するという事実は流体力学上確認されていましたが、具体的にその性質、挙動については未開拓の領域といえる状況でした。敢えてその点に着目したことが新しい技術の開発につながったんです」と話す西川はその後も4年ほど大学に通いながら研究を続け、理論的な解析を行った。その結果、工法の特許取得、商品化が実現する。その間にも、固化材の混合が困難な長いプラグを管径を太くしたパイプで一度崩壊させ、その瞬間に固化材を添加するという拡大管の開発にも着手。再度空気とともに細い管に導かれた軟泥と固化材は再び細かなプラグとなって混合しながら圧送されていく。これによって浚渫エリアと埋立地が離れている長距離圧送にも対応可能な工法に進化した。

粘り強く研究を重ねる「工学的」にモノを見る

 西川は会話の中で「理論」「解析」「証明」といった言葉をよく口にする。「新しい技術は『偶然』からは生まれてこない。それまでの研究の積み重ねによって実現するものです」と語る、その根拠となる哲学はどこにあるのか?「研究開発に携わる者は粘りがなければダメです。しつこさがないと物事は成功しない。次にモノをみる感覚。現象を『工学的』に捕らえるセンスです。モノが落下する風景も、なぜ落ちたのか、好奇心を持ちながら記憶し、理論的に頭の中で整理しておく」。将来、類似する現象に行き当たり、調べ、研究し論理的に証明する際にそのデータが必ず役に立つという。これまで39件に及ぶ特許を取得した実績もそうした心構えが果たした結果だろう。
 もともとは作業船や機械の「設計屋の叩き上げ」と自らを語る。船の修繕などで自らツナギを着て旋盤も回した。自分が設計した船が現場で稼動を始めると同時に様々な改良依頼が殺到する。工夫に工夫を重ね現場からのリクエストに応えていく。だから図面描きの仕事をしていく上でも、「土」と「水」と「セメント」との関わりは避けては通れない。見聞だけではなく実際に理論を学び、大学での研究も始めた。数々の論文を発表し、権威ある賞も受賞。そうした活動が認められ博士号を授与される。
 西川は今新たなテーマに取組んでいる。自宅の部屋を走る「D51蒸気機関車」の製作だ。「45mmのレールの上を実際に走る機関車です。バルブや圧力計も備えた本格的な構造ですよ」。動力はライター用のガスボンベだと破顔した。他人がつまらないと思うようなことでも、やらないよりはやった方がいいと言う。「何もしないで批判しているよりは、自ら行動するべきです。なんでだろう?と思うことが好奇心を刺激し、知りたいという欲求につながるんです。そして研究する中で出会いがあり、人間としての進歩がある。いまでもワクワクしながら生きていますよ」。

1,000㎥/hの浚渫土圧送能力 - 管中混合固化処理工法/プラグ マジック工法

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 従来の固化処理工法では軟泥と固化材を混合させるための混練機やプラント船などの機械や施設が必要とされていた。また、ミキサーの撹拌処理能力にも限界があるため、工期も制限されることが多かった。プラグマジック工法は直接固化材を添加するためこうした施設が不要となり、より汎用性に優れた圧送技術として多くの実績を上げている。
 もちろん固化材の供給は粉体添加、スラリー添加のいずれにも対応する。「活用する範囲と目的を考慮すれば、一定の品質を保ちながら、施工性、経済性といった面で絶大な効果を発揮する」(西川氏)。拡大管を活用することで埋立地点に至る排送距離が約3,000mまでに達する長距離圧送も十分可能である。