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原 隆(はら・たかし)氏
 1987年日本大学大学院(理工学研究所)修了、テトラ(現不動テトラ)入社。九州支店、神戸復興工務課、本社土木技術部などを経て2007年建設本部技術統轄部海洋技術部長、2010年土木事業部技術部総合評価対策室副室長、2012年土木事業本部技術部部長。岐阜県出身、58歳。
早期の復旧へ、多くの技術課題を克服
 今でも地震があるたびに思い出すのが、阪神・淡路大震災後の「ポートアイランド地区物揚場③復旧工事」です。当時の運輸省第三港湾建設局神戸港湾震災復興事務所の発注で、合併前の株式会社テトラが受注。入社9年目の私は工務係の一員として施工に参加しました。
 1995年1月17日。兵庫県南部を震源として発生した阪神・淡路大震災で神戸港の岸壁や物揚場が損壊し港湾機能がストップ、経済や暮らしを支える物流に大きな影響が出ました。神戸港の復興に当たっては、国と港湾管理者との協議により概ね2年で被災した港湾施設の機能回復を図ることが計画されました。
 神戸港に造られた人工島であるポートアイランド地区の物揚場③は全長295・8m。コンクリートケーソンによる重力式構造で、中央部(158・8m)が計画水深4・3mの物揚場、両端部が隣接するバースへの取付部となっていました。物揚場と取付部のケーソンは、震災により沈下、前傾し、背後は陥没してしまい、特に中央部の物揚場は損傷が大きく、全面的な改修が必要となりました。
 復旧工事では、沈下し傾いた中央部の既設ケーソンは埋め殺しとし、物揚場の法線を海側に8・5m移動させる形で新設ケーソンによる前出し構造を採用しました。一方、両側の取付部は隣接岸壁のバース長を確保するために、法線の移動を伴う新設ケーソンの前出し構造は採用できず、結果的に既設ケーソンに控工を設置して安定性を確保した上で、その前面部は新法線にすり合わせた桟橋構造とすることになりました。これは背後地に民間ユーザーの建物などがあり、敷地条件から仮設土留工が施工できなかったからです。
 工期は震災翌年の1996年6月5日から1997年3月25日まで。事業調整が残っている状況でしたが、引き渡し時期が決まっており、短い工期の中でいかに確実に終わらせるかが勝負でした。隣接する両側のバースでも復旧工事が行われていたため、海上工事では作業船が錯綜し、綿密な連絡調整が欠かせませんでした。作業区域に一般の船舶が立ち入らないよう、監視船の配置も行いました。
 中央部と取付部の構造が異なる上に、既設ケーソンに不足する水平抵抗力を補うための控工はタイワイヤーや控鋼管杭で構成する複雑なもので、ケーソン上部工、桟橋上部工とも現場打ちコンクリートでは工期に間に合わない。そこでコストと工期をにらみながら、大型プレキャストへの施工方法の変更を提案しました。設計では、現場でのプレキャストブロックの合理的な一体化構造について検討したのち、施工現場から45㎞ほど離れた淡路島の津名町にヤードを確保し、プレキャストブロックを製作しました。
 プレキャストブロックの製作精度は物揚場の出来形に直接的に反映されるので、高い精度での製作に気を配りました。また取付部の両端部では、破損したケーソン前面に十分な支保工が取れない状況下で仕上がり高さが14・3mと12・3mの非常に高い水中コンクリートを施工する必要があり、コンクリート側圧の算定結果を基に型枠を設計したり、セパレータとアンカーボルトをつなぐ独自のジョイント材を用いたりし、冬季の海中でのコンクリート打ち込み温度を測定しながら、ゆっくり慎重に徹夜で打設したことを覚えています。いろいろな課題を一つ一つ克服しながら、約8カ月の実施工期間で無事完成させることができました。これらの経験を踏まえ、施工現場の技術支援に少しでも役立ちたいとの思いを強くしています。
完成したポートアイランド地区物揚場③(1997年4月)

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