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烏田 克彦(からすだ・かつひこ)氏
 1983年4月若築建設入社。2003年4月九州支店福岡営業所長、2009年3月福岡支店長、2013年4月九州支店長、同年6月執行役員九州支店長、2015年6月常務執行役員本店長兼九州支店長、2016年6月取締役兼常務執行役員本店長兼九州支店長、2017年6月から取締役兼常務執行役員建設事業部門担当。山口県出身、60歳。
台風警戒にナイロンロープでFD係留
 1983年に大学を卒業して若築建設に入社し、配属されたのは九州支店宮崎工事事務所です。最初の7年間は陸上工事の現場が主でした。そして1990年、初めての転勤を命じられ、赴任したのが沖縄県の宮古島、平良市(現宮古島市)にある平良港で行われていた防波堤工事の現場です。離島での勤務ということもあり、約20年にわたる現場経験の中でも一番に思い出深い工事です。
 1972年の沖縄本土復帰に伴い、平良港は宮古圏域の拠点港として重要港湾に指定され、沖縄総合事務局の工事事務所が設置されて本格的な整備が始まりました。当社も同時期に宮古工事事務所を設置し、港の整備に携わっていました。担当した工事では4800t(のちに6000t)のフローティングドック(FD)を使って2000tのケーソンを製作していました。さほど難易度の高い工事ではないのですが、重要なのが台風警戒です。
 宮古島は台風がよく通ることで有名です。赴任した1990年から93年にかけては、台風時の船舶避難地を整備する目的で進められた沖防波堤築造工事が最盛期でした。
 毎年5月から10月にかけてはかなりの数の台風が接近し、一つ過ぎると翌週にまた一つといった具合です。しかも宮古島の辺りでは進行速度が遅く、勢力も強いまま。風速50mもの暴風雨が一昼夜吹き荒れることもしばしばでした。
 かつては台風が近づくと、直撃を避けるため製作中のケーソンを載せたままFDを石垣島や沖縄本島に曳航して避難させる必要があり、工事が長期間中断していたそうです。FDが大型化するにつれ、曳航時のリスク軽減や工期短縮の重要性が高まり、大型船用岸壁の前面に係留避泊して台風をやり過ごすことになったのです。沖縄総合事務局から4800tFDを所有していた当社に依頼があり、当時の運輸省港湾技術研究所の指導を受けながら、泊地で風速50mの暴風に耐える新たな係留方法を検討しました。
 そこで考案されたのが、従来のワイヤロープと違って伸縮性のあるナイロンロープを使う方法です。直径が10㎝もあるナイロンロープ14本でFDを係留し、動揺させながら台風警戒を行うという方法が日本で初めて採用されました。
 台風が来るたびに、ナイロンロープがギシギシと音を立ててしなり、前後左右に20mほども動揺するFDの姿を肝を冷やしながら見守りましたが、FDやケーソンが損傷することはありませんでした。あの光景は今も鮮明に覚えています。
 今でこそリゾートの島として脚光を浴びる宮古島ですが、当時は見渡す限りのサトウキビ畑と紺碧の空と美しい海があるだけの島でした。海のそばで生まれ育ち、泳ぎも得意だった私は先輩たちとダイビングクラブを結成し、竜宮城のようなダイビングスポットで遊んだのも良い思い出です。
 当時はほとんどの社員がそうだったように、私も妻と2歳になる長男を連れて赴任しました。建設業界では今、「働き方改革」が叫ばれています。環境が許せば、赴任先の土地で家族も一緒になって遊び、余暇を楽しむ。それも働き方改革の一つではないでしょうか。
ナイロンロープ14本を使った台風警戒用係留索配置図
ダイビングクラブのメンバーたちと(左から2人目が本人)

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