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佐藤 信一(さとう・しんいち)氏
 1979(昭和54)年東京都立大学(現首都大学東京)工学部土木工学科卒、若築建設入社。2006(平成18)年千葉支店次長兼工事部長、2007(平成19)年東京支店次長兼土木部長、2008(平成20)年同副支店長、2013(平成25)年建設事業部門土木部長、2014(平成26)年執行役員、2015(平成27)年6月から現職。千葉県出身、60歳。
現場で培った経験と知識を次世代に
 1979(昭和54)年に大学を卒業して若築建設に入社、最初に配属されたのが千葉支店の銚子工事事務所だった。
 「銚子漁港や名洗港、外川漁港を管轄する銚子工事事務所は多くの工事を抱え、最盛期には30〜40人が在籍していました。初めて赴任した時は事務所に人が多く雑然としていて、果たして続けていけるのか不安でした」。
 海での仕事は気象条件に大きな影響を受ける。工事は防波堤構築のためのケーソン据付が中心だったが、太平洋に面した銚子の海は非常に荒く、海上工事が可能なのは1年の中でも波が穏やかな梅雨明けから8月お盆までという、わずかな期間に限られていた。
 それ以外の期間では、1ヵ月間でケーソンが1函据付できるかどうかという、重圧が掛かる状況の中で、「海上での作業がいつできるのか、気象情報を何とか入手して、天気図とにらめっこしながら検討する日々」を過ごした。限られた時間に現場の総力を結集する。「自分たちのアイデアや技術力で工事のために必要な時間を作っていく。新しい考えを取り入れる気風がありましたし、素早く行動し作業を完了させるために、あらゆる工夫をしていました。その当時に培った『とにかくやってみろ』という精神は今でも生きています」と話す。
 名洗港で工事に従事している時には天気予報の確認が遅れた日に台風が発生し、慌てて引き船を呼んで作業船を安全な場所に避難させる準備をした経験も。「台風発生を知らせる会社からの電話がなかったらと思うと今でもゾッとします」。現場では足を運び、見て、話を聞けと、ことあるごとに先輩に言われていた。海洋土木工事は、現場で培った経験と知識が何よりも大切。会社の先輩や同僚、協力会社の作業員だけでなく、作業船の船員ともよく話したといい、「昔は現場の仲間と24時間一緒にいるのが当たり前でした。気象の読み方はもちろん、ロープの結び方など本当にいろいろなことを教えてもらいました。銚子での工事は学ぶことが本当に多かったと思っています」。
 港が徐々に整備され、それと歩調を合わせるように銚子の街も生まれ変わっていく。自らの仕事が街の発展に貢献していると実感できることが、モチベーションアップにつながった。
 「建設会社は次の世代、その次の世代へと仕事が受け継がれていきます。いい加減なことはできません。土木技術者として積み重ねた経験を、これからしっかり会社に還元したいとも考えています」。
 市場環境がこれからどう変化していくのか、人材の確保・育成をどう進めていくかなど会社でそして業界全体で対応しなければならない課題は少なくない。「仕事の魅力を高め、若い世代に興味を持ってもらうには何が必要なのか。会社単位はもちろんですが、業界全体で知恵を絞らなければいけない問題なのでしょう。建設業の仕事はとにかく現場が基本になります。私はもちろんですが、少し下の世代も若手に経験を伝えるつなぎ役になってほしいと思っています。仕事を通じて喜びややり甲斐をしっかりと伝えること。今は現場を離れましたが、私がこれからやらなければいけないことだと思っています」。
長きにわたって仕事に従事した銚子漁港(撮影は2009年1月)
入社6年目、工事事務所の社内旅行で

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