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水之江 和則(みずのえ・かずのり)氏
 1974(昭和49)年大都工業(現みらい建設工業)入社。九州各県の陸上・海上土木工事に従事。五島列島や奄美大島など離島の港湾工事なども数多く手がける。1996(平成8)年九州支店工事課長、2004(平成16)年同工事部長、2011(平成23)年九州支店長、2015(平成27)年4月から現職。入社して41年間一貫して九州支店に勤務。大分県立宇佐農業高校農業土木科卒。大分県出身。59歳。
工事の基本は〝段取り八分〟
 入社以来41年間、九州支店を離れたことがない。「九州管内の港湾施設はほとんど行きました。特に離島は五島列島をはじめ、奄美大島、石垣島、宮古島など、多くの工事を担当させてもらいました。自分で言うのもおかしなことですが、九州の港湾工事にここまで特化した技術者は少ないのではないでしょうか」。
 担当した現場にはそれぞれの思い出があるが、なかでも強く印象に残っているのが「宮崎空港用地造成(ケーソン据付)外周護岸工事」。日向灘に面した宮崎空港の先端を外海に向かって埋め立て、滑走路を2000mから2500mに延長するものだ。このうち、担当した工事は埋立地の外周護岸を構築するためのケーソンの据付工事で、事業全体で数十函あるケーソンのうち、その第1函目の据付を行った。
 「この現場を担当したのは入社して10年目。工事主任という立場で赴任し、ケーソンの据付作業の指揮を任されました。日向灘は茨城の鹿島灘、福岡の玄界灘と並ぶ荒海。さらに空港が近く昼間は高さ制限がかかるため、夜間にケーソンの中詰めや上部工の打設を行うことにし、ケーソンの曳航から蓋(ふた)コン打設まで3日工程での作業工程計画を立てました」。
 作業計画は、1日目に現場から約90km離れた細島港で製作されたケーソン2函を曳航。2日目にまず1函目を仮置きし、1函目の上部で測量のポイントを設け、そのポイントを頼りに法線を合わせながら2函目を正式に設置。その後、仮置きした1函目を再度正式に据え直す。その夜に砂や雑石でケーソンの中詰めを投入し、3日目に中詰均し蓋コン打設準備を終え、その夜にミキサー船で上部の蓋コンを打設する。ケーソンの大きさは20m×25m×20m程度。重量は約2400トン。
 「まず悩んだのが作業日をいつにするかです。発注者である第四港湾建設局(現九州地方整備局)が気象庁と契約し、海象・気象情報を提供してもらっていましたので、そのデータをもとに、この3日間なら大丈夫だろうという日を10〜11月にかけて選びました」。
 予測通り天候には恵まれたが、ケーソンの据付には苦労した。「仮置きしたケーソンの上部に法線を合わせるための測量ポイントを設けるのですが、そのポイントがなかなか決まらなかったのです。それで時間がかかり、結局、2函の据付が完了したのは暗くなってからでした」。
 ポイントは陸上の3点から測量機で交角測量を行い交点を導き出す。陸上とケーソンまでの距離は700mあり、昼間の作業で陽炎がでているため、その交点が定まらなかったのだ。
提供:宮崎県
宮崎空港
 「中詰め用の砂を運ぶガット船などが近くで待機していましたから、なんとしても据え付けたかったのですが、当初の予定よりも時間がかかりました。職員や作業員はみんな交代で仮眠を取りながら、この3日間は昼夜問わず作業を続け、すべての作業が終了した時、発注者の方々も含めて工事関係者全員で、万歳したのを覚えています」。
 現場を離れて20年近く経つが、現場のことはいつも気になる。若い現場担当者には「頑張れよ」といつも気軽に声をかける。
 「自分が現場にいた時に心がけていたのは〝段取り八分〟でした。とにかく準備をしっかりしろということです。十分な準備をしていないと手戻りや無駄な時間を費やしてしまうことが多い。とにかく準備をきちんとやろうと、みんなに呼びかけています。また、若い社員には仕事量が多くて大変だと思いますが、自分に投資しなさいとも言っています。いろいろなことに挑戦することは自分への投資です。ものづくりの達成感は、自分に投資することでより得られるのではないでしょうか」。

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