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濵野 尚則(はまの・ひさのり)氏
 1981(昭和56)年日本テトラポッド(現不動テトラ)入社。1998(平成10)年福井営業所長、2007(平成19)年建設本部営業統括部第一営業部担当部長、2008(平成20)年東京本店北陸支店副支店長、2009(平成21)年四国支店長、2011(平成23)年執行役員九州支店長。59歳。
意気に感じて仕事をする
 東日本大震災で被災した防波堤の撤去工事の様子を見て、20年以上前に担当した災害復旧工事を思い出したという。茱崎漁港災害復旧工事。越前海岸沿いにある茱崎漁港(福井県)の第一防波堤のケーソンが、冬期波浪で滑動・スライドした。その災害復旧工事に携わった。
 「1989(平成元)年のことです。現場では、防波堤の先端部のケーソン2函がマウンドから落ちて水没し、3函が傾斜していました。当時、ケーソンが動くとは思ってもみなかったので、波の力はすごいと感じました」。
 入社以来、港湾施設の各種の築造工事などを担当し、新設工事の経験はあったが、災害復旧工事は未経験。滑動したケーソンの復旧工事は当時、全国的に見ても珍しかった。その工事を地元企業と受注し、所長として乗り込んだ。ただ、どのような施工方法が最適なのか分からない。発注者や建設コンサルタントも同様で、2〜3年前に同じような被害を受け、災害復旧工事を行った長崎新港の現場まで行き、発注者や施工業者などに最適な施工方法を聞いたという。
 施工は、まず被災したケーソン上部や蓋コンクリートを壊して、中詰め砂をポンプで吸い上げる。次にケーソンに浮函用の鋼製蓋を設置し、ケーソン内の水を抜いて浮上させ、元の位置に戻して復旧する。
 その年の3月頃から工事に着手。上部や蓋コンクリートを壊していると、慣れていないせいか、ケーソンの隔壁や側壁を傷めることもあった。「壊れた部分はケーソンの内側から補修するのですが、後で水を抜く際に密封性が保てるのかが心配でした。実際にはポンプで勢いよく水を抜くと、補修材が吸い付く感じで広がり、ケーソンはすべて順調に浮上しました」。
 災害復旧工事は歩掛かりなどがないケースが多く、工期も限られているため、採算をとるのが難しいと言われる。本社からもそうした心配の声が上がった。一方で、地元は早期の復旧を強く要望していた。「発注者の方々と相談しながら、手探りでどう行えば効率的な施工ができるのかいろいろ考えました。なんとか1年でケーソンの据え付けを終え、最終的には採算もとれたと思います」。
 現場勤務は、入社して秋田、福井の両営業所にいた約15年間だけ。その後は福井営業所長など営業畑を歩んできた。現場を担当した時代を振り返り、「とにかく意気に感じて仕事をしていました。現場はものづくりの共同体です。そこで働く人はすべて仲間ですから、それぞれが意気に感じることが大切だと思います」。そこで働く人の気持ちを斟酌し、自分自身も動く。そうした働く人同士の気持ちのつながりが良質なものづくりの源になるのでは、という。
 現場で働く若い人たちに対しては、純粋なものづくりとは異なる業務量が増え、少し気の毒だという。「総合評価方式で受注者を決めるようになり、若い優秀な技術者が全国どこでも飛び回らないといけない状況が生まれています。家族と一緒にいる時間を犠牲にして頑張ってくれている。でも、そうした状況は魅力ある産業とは言えません。若い技術者が仕事に対するやりがいをもち、家族との時間も十分にとれるような状況に改善できるよう訴えていくのが、今の我々世代の役目なのかもしれません」。
茱崎漁港の位置図 茱崎漁港(平成2年頃)
 

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