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五木田 好成(ごきた・よしなり)氏
 1972(昭和47)年東亜建設工業入社。八戸港や釜石港など東北の港湾工事を担当。スエズ運河工事に携わった後、1979(昭和54)年に再び釜石港の工事を担当。1994(平成6)年常陸那珂港作業所長、1999(平成11)年名古屋支店中部空港室長、2005(平成17)年横浜支店副支店長、2007(平成19)年信幸建設社長、2011(平成23)年東亜建設工業執行役員常務本社震災対策本部担当、2013(平成25)年4月から現職。千葉工業大工学部卒。千葉県出身。63歳。
オールウェイズ・オン・デッキ
 防波堤の捨石マウンドの沈下が予想される場合、施工時に沈下板などで沈下量を測定し、最終的な余盛り量を決定する。最大水深63m、マウンド厚30m以上もある世界最深の防波堤「釜石湾口防波堤工事」(岩手県釜石市)では、その沈下板のロッドが直径70cm、長さ39mの巨大な鋼管製だった。
 「湾口防波堤の工事には昭和54年から携わりました。昭和62年に工事事務所の新米所長になったのですが、ちょうどその時、この巨大な沈下板が台風の影響で折れ、発注者からその修復を依頼されたのです」。
 深海の潜水技術は当時も確立されていたため、すぐに深海専門のダイバーを呼んで調査すると、水深約50mのところでロッド(管)が折れ、海底に転がっていた。
 「管をつなぐフランジのところが折れていました。折れた部分のフランジは少し変形していましたが、下側のフランジはきれいに残っていました」。
 どうやってこれをつなぎ合わせるか。検討した結果、折れた側のフランジ部分に円錐状の突起物を取り付け、それをクレーンで吊って下側の管に入れ込み、すぐにボルトで締めるという施工案を考えた。
 ただ、現場は三陸の海域で、うねりが強く、作業場所は水深50mの深海。潜水士に折れた管を誘導、介添えさせるにはリスクが高すぎた。
 「いろいろな方法を考えたのですが、結局水中カメラを沈下板の近くに設置し、クレーン船のオペレータが画像を見ながら操作して、管をつなぐことにしました」。
 うねりの強い日は作業ができないため、なぎの日を待った。作業準備を整えてから約2週間後に「べたなぎ」の日が来た。
 「実際に折れた管を水中に入れると、8の字を横にしたような動きをしていました。オペレータは上下の動きは操作で調整できますが、左右の動きをコントロールするのは難しい。下側の管の近くまで折れた管を降ろし、ドンと下に落としたのですが、1回目はそれました。2回目以降も駄目で、何度もチャレンジしては失敗を繰り返し、やっぱりできないのかと諦めかけた頃、ようやく挿入できたのです。その時、船内は歓声に沸きました」。すぐに潜水士が潜りボルトを締めて固定。作業が終了したのは、水中に管を入れてから3時間後だった。
  「技術が進歩した今なら、もっと違った施工方法があったかもしれませんが、当時はオペレータのカンと腕に頼るしかありませんでした。この頃から作業の機械化が急速に進んだ気がします」。
 湾口防波堤の現場には約10年いた。その後、常陸那珂港、中部国際空港などのビッグプロジェクトにも携わった。
 「湾口防波堤工事は初めて自分で仕事をしたと実感できた現場でした。その頃から『オールウェイズ・オン・デッキ』を心がけてきました。技術者にとって大切なのは現場をとにかく見ることです。“いつも甲板の上に立ち、現場を見よ”ですよ」。
 
釜石港湾口防波堤(被災前) 沈下板の頭部。この位置を測り、沈下量を調べている。
 

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