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河内 政巳(こうち・まさみ)氏
 1973(昭和48)年五洋建設入社。中国支店に配属され、廿日市貯木場工事、三菱重工業広島製作所、五日市埋立工事、観音マリーナ工事、出島埋立工事を担当。その後、北陸支店、本社、大阪支店の勤務を経て、2007(平成19)年に四国支店長、2009(平成21)年に現職。東海大卒。広島県江田島市出身。62歳。
後世に残る良いものをつくりたい
 1973(昭和48)年に入社し、その後24年間現場で過ごしたが、担当した工事はすべて広島湾内だった。廿日市貯木場工事を皮切りに、五日市埋立工事、観音マリーナ工事などに携わり、最後の現場となったのが出島の工事だった。
 出島は広島県が「広島ポートルネッサンス21」計画で打ち出したもので、約135haの埋立地を構築し、世界の人・物・情報が行き交う「国際交流拠点」として整備するというものだった。「赴任したのは1996(平成8)年。前任者が汚濁防止膜の一部を設置し、これから工事が本格化するという時でした」。
 担当した工事は7.5mとー14.0mの岸壁・護岸の地盤改良工事。埋立規模が大きいため、分割して十数件の同様な工事が発注された。赴任後、最初に手がけたのが埋立予定地にあった藻場の移植。「潜水士による人力作業でアマモを近くの海に移植したのですが、潮位差が4m近くもあり安全確保に気を遣いました」。同時に漁業組合をはじめ、地元の方々のところに日参し、工事への理解を求めた。その後、地盤改良工事が始まったが、複数の工区が隣接して作業を行うため、各工区の代表者で構成する「出島地区安全対策協議会」が設置された。「協議会の会長になったのですが、調整には苦労しました。安全管理だけでなく、工程調整などもあり、各工区の言い分をしっかり聞いた上で、最適な選択を行い、みなさんに協力を求めました」。
 最盛期には全工区で最大7隻のサンドコンパクション(SCP)船を投入。各工区とも施工エリアが狭かったため、船舶間隔は最少30mくらいまで接近して施工した。
 工事途中でSCPの材料となる海砂の供給不足にも陥った。「全工区で大量の海砂が必要だったのですが、施工順序や工程調整、ストックヤードの設置などでピークカットを行い、何とか無事に工事を終えました」。
 安全対策にも細心の注意を払った。埋立工事の一部が旧広島空港の制限区域に近接していたため、「空港近くで施工した観音マリーナの施工経験を生かし、制限高さを下回る作業船で効率的に工事を行いました」。潮位差が大きいため、各工区の作業船が現在の潮位を目視できるように「大型の電光掲示板を陸地に設置して、作業安全に役立てもらいました」。
 これまでの現場経験を振り返り、海洋工事に携われたことが良かったという。瀬戸内海に浮かぶ能美島で生まれ育ち、幼い頃から海に親しんできたからだ。「瀬戸内海の美しい海は悲しいことや辛いことをすべて包み込んでくれます。たわいのない喜びも海に輝く太陽が何倍にもしてくれる。これが私の原点」と、恥ずかしそうにいう。
 現場での仕事については「経験すればするほど感性が研ぎ澄まされ、危険をかぎつけ、早め早めの対応ができるようになる」と言い切る。その経験と勘を若い技術者にも身につけてほしい、とも。「現場を離れて15年以上経ちますが、後世に残る良いものをつくりたいという熱い思いは今も胸の中にあります。技術者魂というDNAを、これから一人でも多くの技術者に伝えていきたいですね」。
 
出島地区の地盤改良船の作業状況
(1996年9月撮影)
  岸壁や護岸工事はすでに終了済み
(2011年4月撮影)
 
 

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