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北山 雄一 氏
 1971年東海大学海洋学部海洋工学科卒、本間組入社。1999年佐渡営業所長、04年九州支店長、05年執行役員九州支店長を経て、09年に現職に。新潟市出身。63歳
厳しい施工条件を現場社員一丸で克服
 「体力勝負の現場」。この現場の思い出をひと言で表現すると、この言葉しか浮かばないという。
 新潟空港再拡張計画(滑走路延長2000m→2500m)の一環として実施された外郭施設の埋立護岸工事と埋立造成工事。全体整備は1990(平成2)年から5カ年で計画されたが、このうちの1991(平成3)〜1993(平成5)年の3年間、現場に携わった。
 「供用中の空港の隅に埋立護岸をつくり、その護岸内に新潟東港で浚渫した土砂を使って埋め立て造成する工事でした。空港を運用しながらの作業で、昼間は高さ制限があり多くの作業が夜間に集中しました」
 新潟空港の運用時間は当時、午前9時〜午後6時30分。この間は高さ制限を受け、11m以上のクレーン台船、ガット船、起重機船などによる作業ができない。このため、護岸工事のケーソン据付時などは、ケーソンヤードのある新潟東港を前日の午後10時に運び出し、5時間かけて午前4時に据え付けを終えたという。そんな作業が毎日続き「疲れ果てて、体力の限界を何度も感じました」。
 できるだけ夜間作業を少なくするため、設計上の工夫も行った。ケーソンは通常よりも長いケーソンを採用し、函数を減らした。上部工のパラペット型枠は、レール上をウィンチで移動できるスライド型枠を使い、日中は高さ制限を受けない場所に移動させ、作業の効率性を高めた。生コンの打設はミキサー船を使わず、桟橋上に配管を這わせポンプ圧送で打設した。
 日本海側の港湾工事は冬場に海が荒れるため、4〜10月と作業期間が短い。設計上でいろんな工夫を行っても、天気の良い日は土・日曜日関係なく、仕事をせざるを得ない。さらに、夜間作業が続けば職員も疲れがたまり、いらいらしてくる。
 「2年目から私が現場所長になったのですが、現場社員の健康管理は心配でした。厳しい作業環境になればなるほど、現場社員の一体感が求められます。JVの社員も含め個々の担当者がそれぞれの役割をきちんとこなしてもらわないと、現場は円滑に動いていかない。その意味ではみんな〝やってやるんだ〟という男気を持って仕事をしてくれました」。
 現場事務所の雰囲気を明るくしようと、仕事の区切りには現場社員を集め焼き肉パーティーなども開いたという。事務所にシャワー室を設けたほか、空港敷地内の場周道路のガードマンに女性を採用した。「女性ガードマンは当時珍しく、お金も少しかかりましたが、効果はあったと思います」。
 入社後23年間、いろんな現場に携わったが、この工事が現場の第一線での最後となった。「現場にいる時はつらいことも多かったですが、完成時の達成感はありました。若い人たちも是非味わってほしい。建設業は国土を造り、国土を守る重要な産業。それは昔も今も変わらない。やりがいがあり、誇りの持てる産業ですよ」

リクレーマ船で埋立土砂を陸揚げした。写真円内は、アンローダー船による土運船への積込状況。   高さ制限があるため、埋立護岸の工事では、
レール上で移動できるスライド型枠を使用した。


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