title
title
title
Back Number

藤山 隆司 氏
 1971年に株式会社東洋建設に入社。主に西日本でポンプ浚渫等の海上工事を担当。78年に宮崎営業所工事課長に就き、その後同営業所長を歴任するなど15年間を宮崎で過ごす。02年執行役員建築事業本部長、04年取締役、10年から現職。宮崎大卒。長崎県出身。63歳。
官・民の信頼関係が支えた現場
 港湾整備で浚渫した土砂を空港の埋立事業に活用する。こうした別予算の事業を組み合わせて行う手法を「アロケーション」と呼ぶ。宮崎海岸で昭和50年代から始まった宮崎港拡張工事と宮崎空港延長工事はこのアロケーションが採用された。
 宮崎港拡張工事は大淀川の河口から入る航路を改め、一ツ葉の入り江(砂州)を切り開き、新航路(北航路)を開設するもの。一方、宮崎空港拡張工事は昭和53年から段階的に滑走路を延長。まず100m伸ばし、その上でさらに600m延長し、最終的に2500mに拡張する。
 両工事を発注したのは運輸省第四港湾建設局宮崎港工事事務所(現国土交通省宮崎港湾・空港整備事務所)。同事務所から工事施工について意見を求められた県内の技術者らが検討に乗り出した。
 「私もメンバーの一人でした。最大の課題は土砂を圧そうする排砂管に関するもの。両現場の距離は約5km。その間には一級河川大淀川の河口が広がり、その河川内に敷設する排砂管の厚みをどの程度にし、排砂管のルートをどう設定するかでした」。
 搬送される土砂量は約230万m3。これを安全かつ確実にポンプ圧そうするため、さまざまな文献を調べた。しかし、同様な工事事例は見あたらない。特に大淀川内の排砂管は河床を掘削し、そこに埋設するため、施工途中の埋設部の補修は難しい。一発勝負で、経済的で最適な管厚や本数(ルート)の提案が求められた。
 「随分と悩みました。結局、土砂の粒径、流速などから排砂管の摩耗を独自に推測し、河床に敷設する海底管(鉄管)の厚みを通常の倍の16mm、それを3列敷設することにしました。最後はポンプ浚渫船に長年携わった経験で判断したとしか言いようがありません」。
 1本目と2本目の排砂管は予想通り約60〜70万m3の土砂を圧そうした時点でそれぞれ破損。残る3本目だけになった時は「最後までもってくれと祈る気持ちでした」。
 宮崎港は昭和62年に北航路が無事に部分開港した。宮崎空港も平成2年3月に滑走路が2500mに延伸された。
 「発注者には感謝しています。民間に任せるところは任せ、重要な点では貴重なアドバイスをいただいた。ムダのない良質な仕事するには官民が一体で取り組み、相互の信頼関係が不可欠。この工事はそれを実証したと思います」。

 
手前の海まで伸びているのが宮崎空港。その奥の大淀川の河口付近に見えるのが宮崎港。両事業は宮崎の発展に大きく貢献している。
(平成7年1月14日撮影)
宮崎港拡張工事と宮崎空港延長工事を結ぶ排砂管の敷設工事の状況(昭和60年度)。両工事は約5km離れていた。
(両写真とも国土交通省九州地方整備局宮崎港湾・空港整備事務所が提供)

Back Number