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青木マリーン株式会社
揚土船 「AOKI MAR 2001」 船長
中野 明(なかの・あきら)氏
 機関系のエンジニアとして40年以上、作業船での仕事に携わってきた。「エンジンが故障すればすべての作業が止まってしまう。船の心臓部を預かるという責任は重くプレッシャーも大きいが、それが仕事のやり甲斐にもつながっている」と話す。
 学校を卒業し造船所で建造中の船にエンジンを艤装する仕事に就いた後、船員免許を持っていたこともあって20歳の頃に作業船の船員へと転身した。大阪湾の港湾工事、関西国際空港1期・2期や神戸空港の整備、羽田空港再拡張など、これまで様々な大規模プロジェクトに関わってきた。青木マリーンに入社したのは1998(平成10)年。それから20年にわたり副船長兼機関長として「AOKI MAR 2001」の心臓部を守る仕事に従事してきた。
 エンジンが故障し動力源が失われればバックホウやベルトコンベアも使えなくなり、工事の進ちょくに大きな影響を与える。「異常を未然に察知し、素早く修理して次の作業に備えるのが機関士の使命。エンジン音の微妙な違いを聞き分け、異常箇所を発見し自分で修理できるようになって、一人前と呼ばれるようになる」と断言。技術の進歩は著しいが、「エンジンそのものは昔からそれほど変わっていない」といい、長い時間を掛けて培った経験と技能で自らメンテナンスに携わり、常に万全の状態で工事に臨む。
 「気が休まるのは工事が終わった時だけ。勤務時間は長くなりがちだし、楽な仕事ではない。若い頃は気持ちが揺らぐことも多かったが、今ではこの仕事に就いて良かったと思っている」と、機関系エンジニアとしての半生を振り返る。
 船長として作業の指揮を執るようになったのは63歳の時。機関員や甲板員を従え、茨城・常陸那珂港に新しい廃棄物処分場を造る工事で手腕を発揮している。作業に遅れが出ないよう船をマネジメントするのはもちろん、19歳と20歳という若い機関員を最前線で育てることにも心血を注ぐ。現場での経験がものを言う仕事だけについつい口うるさく注意をしたくなる。「言い過ぎは本人のためにならないが、言わなければ気付くことができない。きっと自分が若い頃もそうだったのだろう。物言わぬエンジンよりも人間の方がよっぽど扱いが難しい」と笑顔で話す。
 作業船での仕事も半世紀近くなる。ここまで続けられたのは「この仕事が好きという気持ちが大きい」といい、「作業船の機関部は身体の一部のようなもの」とも語る。「大規模な工事は確かに思い出に残っているが、だからといって特別な思い入れがあるわけではない。これからも目の前の仕事に全力を注いで使命を果たす。長い間この仕事を続けているが、この先も可能な限り海に出続けたいと思っている」と力を込める。
鋼管セルへの中詰め作業で稼働する「AOKI MAR 2001」
バックホウ式2,400m3/ 揚土船「AOKI MAR 2001」  全長93m、幅28m、深さ3.5m、吃水1.3m、バックホウ式パワーショベル2基、掘削半径20.7m、ホッパー容量30m3エプロンフィーダー付2基。
 バケット容量10m3の大型バックホウ2基を搭載し、レール走行で最適位置をキープしながら安定した揚土作業を実現する。アウトリーチは57.5mで、作業範囲は正船首方向と正横方向左右各30度まで。ハウエル管式伸縮トレミーを装備すれば敷砂散布船としても使用できる。


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