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信幸建設株式会社
作業船「第三亜細亜丸」 船長
岩崎 有弘(いわさき・ありひろ)氏
 大学で機械工学を専攻していた。信幸建設に入社したのは1998(平成10)年春。甲板員としてポンプ船に乗船したが「周りはベテランばかりでとにかく仕事には厳しかった」。当時、先輩に何度も言われたのは「目で見て盗め、体で覚えろ」という言葉。「新人の私は毎日怒られてばかり。けれども仕事に厳しい半面、面倒見が良い典型的な職人気質の職場で、今思うと恵まれた環境だった」と振り返る。
 入社後転機になったのは、2001(平成13)年に会社から命じられた海外赴任だった。作業船での仕事に慣れ、「さあこれから」という時期に舞い込んだ海外での仕事。行くのか、行かないのか迷っていた時、日頃から目をかけてくれていた船長の「一度は経験してこい」という言葉が後押しになり、海外行きを決めた。そして一緒に赴任した先輩社員とともに東南アジアで採砂船の仕事に従事した。
 「海外の事情など全く分からず、年齢も一番若かった。言葉や文化が異なる環境で仕事するのは本当に苦労した」。現地で雇用した作業員に指示を出し工事を進める。どうすれば順調に作業が出来るのか、思い悩む日々の中で実感したのは「リーダーシップの重要性と仲間を思いやる気持ちの大切さ」だった。1ヵ月に100万m3を採砂するような日本とは全く異なるスケールの仕事が「海上土木工事と向き合う上で、私の原点になっている」と振り返る。
 国内では得難い経験を積み、帰国後は「船長になるまでは絶対に会社を辞めない」という目標を立てた。周囲が認めてくれるまで結果を出し続け、利益を上げて会社に貢献する。そうした考えを胸に秘め、とにかく仕事に打ち込んだ。現在船長を任されている第三亜細亜丸に初めて乗船したのは、入社から9年目の2007(平成19)年。「その時は、まさか船長になるとは思っていなかった」。当時はまだ、一作業員にすぎず先輩の仕事についていくだけで必死だったが、すべての作業に従事し自分の技術を高めるべく成功と失敗を経験しながら、がむしゃらに働いた。
 そうして初めての乗船から7年目の2014(平成26)年船長に就任した。当初は職務の重圧・責任に何度も押し潰されそうになりながらも毎日自問自答をしながら仕事に従事していた。いったん仕事が始まれば、船長は多くの部下を従える。「仕事は大勢の人が同じ目標に向かうことで前に進む」ことが船長としての信条で、どんな時も「ケガなく全員無事に作業を完了し自宅に帰ってもらう」という使命も念頭に置いている。
 変化する仕事の中で、経験を重ね後進を育てる立場になった今でも満足することなく、船長としてどうあるべきかを模索し続ける。日々向上心を忘れず研鑽を積み自分自身のスキルを上げることを目標とし、「後輩にも船長を目指そうと思ってもらえるように、これからもしっかりと仕事と向き合いたい」と力を込める。
ポンプ浚渫船「第三亜細亜丸」
【主要項目】
満載排水トン数6,000t
全長100m
船体長78.0m
全幅19.5m
深さ5.5m
平均喫水4.1m
最大浚渫深度25.0m
【主要設備】
全装備機関出力14,600PS(10,730kW)
カッター出力1,650kW
主ポンプ出力5,880kW


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