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大旺新洋株式会社
グラブ浚渫船「第十五龍正丸」 船長
濵田 吉晴(はまだ・よしはる) 氏
 高校を卒業して製鉄会社に就職したが、その後地元の高知に戻り、カツオ船の船員になった。カツオ船は当時、1年中乗船するわけではなく、年間に数カ月まとめて休暇が取れた。「その休暇中に叔父が勤めていた建設会社の作業船に乗ってアルバイトするようになったのが、この業界に入るきっかけでした」。
 建設会社の社員となって、グラブ浚渫船の甲板員になったのは32歳の時。仕事はきつかったが、各種の作業を覚えるうちに、少しずつやりがいも出てきた。「2年目からオペレーターの仕事をさせてもらうようになり、浚渫というのがどんな仕事なのか分かり始めました。先輩の操作を見ながら、自分でも真似してみるのですが、見るのと実際にヤルのではまったく違い、最初は思うように操作ができなかったです」。
 作業船での仕事を覚えながら、必要な資格取得に向けた勉強にも励んだ。移動式クレーン運転士の資格をまず取得し、一級小型船舶操縦士、海上起重作業管理技士、二級土木施工管理技士など次々と資格を取得した。現在、登録海上起重基幹技能者をはじめ11を超える資格を保有している。
 40歳の時に空気圧送船「海援」の船長に就任した。その後、中部国際空港臨海用地造成工事や東京国際空港D滑走路建設工事、鹿島航路(ー22m)浚渫工事など数多くのビッグプロジェクトに携わってきた。「見えない海底の作業で出来上がり精度が±10cmという工事がありました。できるかどうか不安でしたが、施工後に測量すると、その範囲に収まっていた時はうれしかったですね」。
 また、ビッグプロジェクトなどで浚渫作業が分割して実施されている現場では「隣の工区の進み具合が気になりましたね。船の能力で差がでるのは当たり前ですが、段取りや浚渫する者の技能でも変わることがある。ベストは何かを常に自分に問いかけて作業をしています」。
 若い頃、先輩の船長の技能に驚いたことがある。数日前に浚渫した場所に寸分たがわず、作業船を戻したのだ。「当時、GPSがあるわけではありませんから、どうやって同じ位置に戻したのか聞いたら、その船長は陸側の景色と近場の目印の二点の距離から、この位置だというのを覚えていたのです。今は最新の計測機器などが整備され、作業船の位置はすぐに把握できます。ただ、各種計器も大切ですが、人間の五感はもっと大切だと今も思っています」。
 現在、今年3月に完成するグラブ浚渫船「第十五龍正丸」の造船工場(兵庫県相生市)に詰め、技術的なアドバイスを行っている。「新しい船のスペックは本社船舶部の担当者と相談しながら決めています。最新の技術を取り入れた環境配慮型の作業船になる計画です。個人的には作業効率を考え、スパッドの上げ下ろしが短時間でできるようにすることにこだわりました」。新造船に乗るのは2回目というが、自分なりに必要なスペックを提案しただけに、完成するのが今から楽しみだという。
 作業船に乗り始めて、26年目となった昨年、優秀施工者国土交通大臣顕彰(建設マスター)に選ばれた。都内で行われた授与式には長年連れ添った奥様と出席した。

グラブ浚渫船「第十五龍正丸」の一般配置図
(2015年春に完成予定)
「好きな仕事をして、こんな賞をいただけるとは思いもしなかったので、うれしかったです」。作業船に乗る時、いつも心がけていることがある。一つは安全に仕事を行い船員を無事に家庭に戻すこと。もう一つは船員にいろいろなチャンスを与えること。
 「特に若い人たちには1日10分でもいいからオペレーターをやらせたり、いろいろなチャンスを与えたりしたい。私も先輩方に多くのチャンスを与えてもらってここまできたのですから。浚渫の仕事は答えが一つではありません。経験すればいろいろな答えを導くことができるようになる。それがどんな条件でも施工ができるようになるコツかもしれません」。


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