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青木マリーン株式会社
船舶事業本部 船団長
寺田 実(てらだ・みのる) 氏
 17歳で大都工業(現みらい建設工業)に入社し、約45年間作業船に乗り続けている。これまで乗った作業船はポンプ浚渫船、砂まき船、揚土船、地盤改良船、杭打ち船、クレーン台船、揚描船、ミキサー船など。海洋工事で使用されるさまざまな作業船を操ってきた。
 「中学を卒業して漁船に乗ったのですが、船酔いがひどくて船を降りました。建設会社なら船酔いはないだろうと入社したのですが、なぜかまた船に乗ることになったのです。学歴がないので、作業船でなんとか一人前になりたいと頑張ってきました」。
 最初に乗ったのがポンプ浚渫船。甲板員として一からはじめ、無我夢中で仕事を覚えた。20代になると、ポンプ浚渫船のオペレータとしての実力をつけ、海外での仕事も担当した。インドネシアのスマトラ、韓国、ブルネイ、トリニダード・トバコ、ジャマイカなど、世界各国の海洋工事に携わった。「25歳から10年間、国内外の仕事を交互にするようになりました。海外では現地の甲板員を雇うのですが、数少ない日本人はいろいろな仕事ができないと指示ができない。この頃から、必要に応じていろいろな船に乗るようになりました」。
 関西国際空港2期埋立工事では、揚土船の船長として工事に携わった。揚土船はこれまで経験がなく、土砂を搬送するベルトコンベアの扱いには苦労した。「ベルコンが真っ直ぐに動かなくて、土砂が船内に散乱していました。同業の揚土船はさっと土砂を積んでいくのに、自船だけが何時間もかかる。原因はリターンローラに土砂が付いてうまく回らなかったのですが、その原因が分かるまで大変でした」。
 いまのポンプ浚渫船「第三拓洋丸」に乗ったのは6年前のこと。2011年3月の東日本大震災は、この船で経験した。「八戸港で浚渫工事を行い、ちょうど工事が終了して後片付けをしていた最中に揺れを感じました。すぐにアンカーを打ち、船が分かるように電気(灯り)を付けて、揚描船に甲板員と一緒に移動して沖に出ました」。
 沖に出た後、自船がどうなったのか心配で、ずっと見ていた。「船の動きを見て、アンカーが切れたのが分かりました。港内には大型船が漂流していて衝突するのではないかと、気が気ではありませんでした。夜中に港内まで戻ってみると、船が無事なのを確認できました。逃げる際にラダーを10mまで下げたので、それが地面に引っかかり動かなかったようです」。
 すぐに船を安全な位置に移動させ、アンカーを手配した。数日間かけて切れたアンカーも回収し、使えるように修理した。「とにかく船が無事だったのでホッとしました」。
 現在担当している工事は八戸港の航路浚渫工事(復旧)。「これまでいろいろな作業船に乗りましたが、ポンプ浚渫船は船長やオペレータの腕次第で作業効率がまったく違ってくる。それだけに奧が深い。甲板員は経験者が少ないので、とにかく安全第一で作業を行っています」。さらに「作業船は覚えることが多くて大変かもしれませんが、若い人たちに自分の経験を少しでも伝えることができればと思っています」。
第三拓洋丸(ポンプ浚渫船)
第三拓洋丸(ポンプ浚渫船)
総トン数   3,900t
全装備出力   8,360kw
公称能力   910m/hr
船体主要寸法  長さ 
幅 
深さ 
吃水 
71.0m
20.0m
 4.5m
 3.0m
※ポンプ浚渫船は海底の土砂を回転するカッターで掘削し、船内のサンドポンプで吸い上げ、排砂管を通じて埋立地まで排送する作業船。

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