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 2021年12月6日に迎える日本埋立浚渫協会設立60周年を記念し、この四半世紀ほどの間に会員企業が手掛けた時代を画する主要プロジェクトにスポットを当て、関係者の座談会で振り返る企画。6回目となる今回は、東京港臨港道路南北線(海の森トンネル)の建設事業を取り上げます。
海の森トンネルの整備
 東京港の中央防波堤地区と有明地区を結ぶ主動線として期待されている「東京港臨港道路南北線(海の森トンネル)」が、2020(令和2)年6月20日に供用を開始した。東京港は2010(平成22)年に国際コンテナ戦略港湾に選定され、国際競争力強化に向けた整備が進められている。近年増加する外貿コンテナ貨物量に対応するため、中央防波堤外側地区において新たな国際海上コンテナターミナルの整備が進められているが、有明・青海から中央防波堤地区を結ぶ幹線道路は、第二航路海底トンネルが唯一であったため、コンテナ車両等の集中により慢性的な交通渋滞が発生していた。その解消を主目的に、海の森トンネルの整備が行われた。トンネルの概要
 トンネルの延長は約2.5kmで、そのうち933mが海底部であり、陸上部(アプローチ部)の短縮、航路への影響、必要工程期間を考慮してシールドとの工法選定の結果、沈埋トンネル工法が選定された。
 沈埋トンネルは、沈埋函設置場所をトレンチ浚渫し、マウンドを構築。造船所などで沈埋函を製作し艤装したのちに設置場所に曳航して沈設、沈設後に埋め戻しとトンネル内部工事を行い完成となる。本事業は、2020東京オリンピック・パラリンピック競技大会期間中の物流機能確保を目的に、開会までの供用開始が強く望まれ、通常8~10年を要するところ、半分の4年で整備された。通常の半分の工期を達成するための方策は座談会記事で紹介する。
工事の進捗
 工事は2016(平成28)年4月より10号地側および中央防波堤側の立坑構築、沈埋函の鋼殻製作から開始された。立坑の構築はニューマチックケーソンにて、昼夜作業で行われた。沈埋函は全国10カ所以上の工場で鋼殻ブロックを製作し、横浜港と千葉港の造船ドックで大組み立てを行った。ドックをブロック組み立てに特化させ、コンクリート打設を別の場所ですることで、ドックの使用期間を短縮するとともに工期短縮を実現した。組み立てた鋼殻は、若洲(東京都)、船橋(千葉県)の岸壁まで曳航して岸壁に係留し、沈埋函を浮遊させた状態で鋼殻内部に高流動コンクリートを打設することで沈埋函が完成する。その後、必要な艤装を施し、計画位置まで曳航して沈設した。
東京湾での海上工事
 横浜、千葉の造船ドック、若洲、船橋のコンクリート打設岸壁、沈設場所と複数の場所でそれぞれの工事請負者が施工を進めた。ドックからの出渠時期や沈埋函の係留時期など、各工事請負者間でも多くの調整を要した。ドックからコンクリート打設岸壁までの沈埋函の曳航は、一般航行船舶への影響の少ない夜間に限定された。
 さらに沈設場所での海上工事においては、航泊禁止区域が設定され、航行安全情報管理業務は工事請負者に課せられた。沈設場所は中防北水路およびお台場ライナーふ頭と10号地ふ頭(西側)の間の水域からなるT字型の水域にあたり、船舶航行量の非常に多い海域であった。船舶航行安全および海上工事の安全確保のため、24時間の警戒船配置、海事関係者に加えマリーナへのリーフレットによる情報提供、航行船舶へのVHF無線による工事状況通報や船舶接近情報の警戒船への確実な伝達が求められた。特に夏季の休日はプレジャーボートが多く通行し、細心の注意を払って施工した。
沈設工事の特徴
 沈埋函の沈設は、1号函が2018(平成30)年7月、最終函が2019(令和元)年7月に行われた。1年に7函の沈設であり、国内実績では最速である。各函とも沈設直後に函内測量を行い、その結果を直ちに3次元シミュレーションに反映させ、沈設精度協議会で検討しながら工事を進めていった。通常、沈埋函の長さはドックでの大組み立て時に沈埋函の前後に取り付けられる端面調整プレートにより調整されるが、本事業では1号函沈設前に、全7函のうち5函は製作が完了しており、トンネル延長調整のほとんどを最終函(6号函)で対応する必要があった。通常の方法では接合不可能であったが、検討の結果、トンネル本体の鋼殻ブロックをあらかじめ500mm長くしておき、2号函沈設後の測量結果により、長さ調整(切断)することとした。
工程管理の工夫
 通常、最終函沈設からトンネル供用開始までは2年程度を有するところ、2020東京オリンピック開会までに供用開始するため、1年弱での完成が必要とされた。アクセスルートが建設中の陸上トンネルしかない状況で、2車線分と狭いトンネル内での函内工、内部構築工、耐火工、設備工、舗装工を同時並行して進める必要があり、作業の輻輳や設計未了部に起因する工程遅延が懸念された。そこで、発注者と全工事請負者から構成される「建設協議会」を1号函沈設前より定期開催し、問題点の情報共有や設計、施工の各種調整を行い、発注者と各工事請負者間で合意形成を図った。
 工事最終盤にCOVID-19による「緊急事態宣言」が発せられたが、設備機器の調整を残しほぼすべての工種が完了しており、影響は僅少であったため、期限内に供用開始することができた。
海の森トンネル位置図
工区割りと工事請負者一覧 沈埋函曳航状況(夜間曳航)
沈埋函コンクリート打設(浮遊打設) トンネル完成
酒井 敦史
国土交通省港湾局海岸防災課災害対策室長
(関東地方整備局東京港湾事務所 所長)
忠 浩史
東亜建設工業株式会社 本社土木事業本部土木部副参事
(中央防波堤内側地区接続部及び沈埋函(1号函)製作築造工事 鹿島・東亜・あおみJV 担当技術者)
北市 仁
東亜建設工業株式会社 横浜支店 大黒作業所 所長
(南北線沈埋函(2号函・3号函)製作築造工事 東亜・鹿島・若築JV 現場代理人)
桑原 直樹
五洋建設株式会社 洋上風力事業本部建設部 専門部長
(南北線沈埋函(4号函・5号函・6号函)製作築造等工事五洋・東洋・新日鉄住金エンジJV 現場代理人)
大田 康弘
東洋建設株式会社 大阪本店土木部 部長兼機械課長
(南北線沈埋函(4号函・5号函・6号函)製作築造等工事五洋・東洋・新日鉄住金エンジJV 主任技術者)
立場 晴司
五洋建設株式会社 東京土木支店 東京国際空港C滑走路他地盤改良工事 現場代理人
(南北線10号地その2地区接続部及び沈埋函(7号函)製作築造工事 大成・五洋・大豊JV 担当技術者)
羽田 宏 氏:司会
五洋建設株式会社 土木本部 副本部長
(南北線沈埋函(4号函・5号函・6号函)製作築造等工事 五洋・東洋・新日鉄住金エンジJV 統括所長)
※カッコ内は当時の職名
20年7月までの開通、大命題へ関係者一丸
羽田最初に自己紹介を含め南北線の工事にどういう形で関わったかを教えてください。私は社内的には統括所長という立場で4、5、6号函JVと、7号函JVに関わらせてもらいました。沈埋工事は過去に九州や沖縄で経験し、南北線の事業が始まる前に日本埋立浚渫協会の技術委員として自主研究や過去の実績の報告などを行いました。
酒井2018年7月31日から2020年3月末まで1年8カ月、関東地方整備局東京港湾事務所長を務め、発注者側の現場責任者として南北線に従事しました。着任時は第1函目が沈設された直後でした。残る6函の沈設から貫通、函内工や設備、舗装工など、沈埋トンネル工法の主要な工事のすべてに携わらせてもらいました。
1号函JVには中防側の既設護岸撤去の施工が始まった2017年6月から、沈埋函の沈設が完了する2018年8月まで携わり、施工計画や工事許可申請、海事関係者等への周知、船舶運航管理者・警戒船管理責任者等を任せてもらいました。その後、2・3号函JVに異動し、2号函の沈設の頃(2018年9月)からCP船による函底コン・道床コン打設完了の頃(2019年1月)まで計2年8カ月、南北線事業に携わらせてもらいました。
北市2、3号函製作・築造工事の入札時から携わりました。受注時は監理技術者ですが、途中で現場代理人と監理技術者を兼務する形で携わりました。海上工事では仮置き場の地盤改良から造成、沈設場所ではトレンチ浚渫などを行い、千葉で2号函、横浜で3号函の鋼殻製作なども行いました。
桑原4、5、6号函の現場代理人として2017年4月から2020年5月まで携わりました。日本埋立浚渫協会の技術委員ではありませんでしたが、沈設工法のキーエレメントやクラウンシール継手などを提案しました。海上工事だけでなく設備や建築など非常に多くの工種がありましたが、なんとか工事を終えることができました。
大田主任技術者として従事しました。初めて沈埋工事に携わったのは24年前、新潟の沈埋築造工事でした。それ以降、那覇、夢洲、若戸の工事に携わり、製作・築造・内部構築・耐火被覆の全てを経験してきました。南北線事業では、その経験を活かすことができました。
立場7号函の鋼殻製作、鋼殻へのコンクリート打設、それと並行して10号地での既設護岸撤去等の海上工事と、沈埋函の沈設、沈設後の函内作業を担当しました。工務全般、作業間の調整等も行いました。
羽田南北線の工事は限られた工事期間での施工が大きなテーマで、みなさんもご苦労された点だと思いますが、まず事業化のいきさつや工事開始前のご苦労を発注者側の立場からお聞かせください。
酒井オリンピックのためにこの事業があったと思われがちですが、そうではありません。東京港の国際競争力の強化が目的です。東京港は既存コンテナふ頭である青海ふ頭、大井ふ頭などの混雑やコンテナ船の大型化への対応、大規模地震時の物流機能の確保が課題でした。臨海部の有明・青海から、新たなコンテナターミナルの整備が進められていた中央防波堤の外側地区へのアクセス道路は、青海縦貫道路(第二航路海底トンネル)しかなく、顕著な交通渋滞が発生していました。南北線事業の必要性が高まっていた状況下で、2013年9月のIOC総会で2020年東京大会が決定しました。東京・臨海部には多くの競技会場があり、交通渋滞に拍車がかかることが懸念され、関係者の円滑な移動のためにも大会前に整備してほしいという東京都からの要望もあり、2014年度の事業化が決まりました。
羽田開催決定から東京大会まで7年しかありません。2014年に事業化され、実際の工事着手が2016年からで約4年です。この事業規模であれば、通常8~10年かかります。その間に設計も進める必要があり、同時並行で作業をせざるを得ませんでした。
酒井工期短縮の様々なアイデアを実行に移したとしても、開通から逆算して2016年の現地着工は必須でした。2014年度から2カ年かけて細部設計、実施設計、整備検討などを一気に行いました。工事発注規模を大きくすればよいと言われるかもしれませんが、施工監理リスクの大きさや適切な施工規模等を総合的に考え5分割、東京都の委託分を含め6分割での発注を計画しました。施工が設計を追いかけ、施工の遅れにつながらないように設計を完成させ、施工者に提示する。まさに自転車操業的な場面もありました。施工が進むと、現場不一致や工期短縮のために設計変更に追われる苦労もありました。
 沈埋トンネル工法の採用は今回が29例目だと認識しています。過去の事例の半分の期間で工事を終えるための主な工夫を挙げると、まず1函の長さをわが国最長の134mにして函の数を1函減らしたこと。二つ目は、沈埋函を一つの造船所でなく全国10カ所でブロック製作し東京湾の2カ所の造船所に集めて組み立てたこと。三つ目は、造船所では鋼殻だけを造り、沈埋函のコンクリート打設は海上で行うことで造船所の回転率を上げたこと。四つ目は台風対策として、次から次にできる沈埋函をいったん海底に沈め安全に保管したこと。五つ目は最終継ぎ手工を省略できるキーエレメント工法を採用したこと。六つ目は11カ月の短期間で7函を連続して沈設したことです。沈設スピードは日本工事史上最速だと思います。
羽田限られた工事期間での施工のために採用された技術などについて、施工する立場から苦労やポイントを聞かせてください。
北市鋼殻の中にコンクリートを打設する際に、バイブロでの加振を行わない高流度コンクリートが採用されたことに加え、地域のプラントにヒアリングし、今回の工事に適した高流度コンクリートを使えたことは工期短縮につながったと思います。
桑原キーエレメント工法は潜水作業が少なく、現地での最終継手がなくなるので、工期が短くなり、安全性も高い。その代わりに特殊な作業がある。例えば止水ゴムの中にモルタルを充填する作業がありますが、九州・若戸でやって以来、10年間だれもやっていない。このため現地で実物大に近いものをつくり、モルタルがどう流れ、どのタイミングでバルブを閉めたり、どう声をかけたりしたらいいのか、それを実験した上で作業手順を決め、誰が何をやるか周知して実際の施工に臨みました。
大田沈埋函の沈設後、函底コンクリートの打設を陸上から行うと、耐火被覆や内部構築などと輻輳して作業ができなくなるので、今回はCP(コンクリートプラント)船を利用しました。それと、新設函内でより早く作業ができるように、バルクヘッドの撤去の順番を考えて施工しました。
一般船舶の航行を確保するため、工事の進捗に合わせて、航路と航泊禁止区域の形態を何回も切り替えながら施工する必要がありました。航泊禁止区域の周囲に24時間態勢で警戒船を配備し、各JVが持ち回りで管理に当たりました。一般船舶の誤進入をいかに効率よく防ぎ、工事の安全を確保するかに頭を悩ませ、発注者、海上保安部、警戒船の方々と何度も議論を重ねたことはとても思い出深いです。沈埋函に関しては、ドライドックと浮遊打設や艤装に使用できる岸壁の数が限られ、しかも点在していたため曳航が多くなりました。長大構造物の曳航、しかも夜間曳航が必須となったため、海上保安部や海事関係者への周知と気象・海象条件による曳航判断に大変気を配りました。
羽田 宏 氏(司会) 酒井 敦史 氏 桑原 直樹 氏 忠 浩史 氏
立場 晴司 氏 北市 仁 氏 大田 康弘 氏
通常8~10年の建設期間を4年に短縮
羽田沈埋函の製作、築造、据え付け、函内工事など施工での苦労は。
北市3号函の製作を最初に行いましたが、製作工程が厳しく、受注してすぐにドックの選定、鋼材の発注などが始まり、図面の照査も随時進めました。鋼殻は全国の工場、ドックでブロックに分けて製作しましたが、各工場の担当者に集まってもらい、鋼殻の規格の統一、製作の考え方などを擦り合わせました。
立場浮遊打設は、沈埋函鋼殻内が鋼板で仕切られるフルサンドイッチ構造となっているため、打設回数が1函あたり約35回に分割され、打設数量は1回当たり200~400㎥でした。生コン車は1日に最大で100台現場へ入場することもあり、公共岸壁の近隣で仕事をされる方々や車両同士の接触事故がないよう目を向けていました。鋼殻の中にコンクリートを流し込むので、かなりの発熱が生じ、当方の施工時期は秋・冬であったにもかかわらず熱中症になる恐れがあり、送風機などを設置し安全管理に努めました。
1日も早く、より良い精度を得て次に繋げることが、沈設の一番手に立つ者の役目だと考え、方向修正を必要としない精度を目標に準備を進めました。本来なら現場特有の情報とか、現場海域での条件とかをじっくり時間をかけて検討したかったのですが、一番手であるが故に、その時間が少なかったのは苦労した点の一つです。
桑原沈設作業は4号函を2月、5号函を4月、6号函を7月と冬から春、夏にかけて行いました。特に最終の6号函は夏場で、水温上昇に伴う透明度低下により、非常に視界の遮られた状態での作業となりました。沈設作業は基本的には人力ではなくトータルステーションや各種センサーを使って作業しますが、計測値と現地の位置がずれていないかとか、3~4回潜水士に入ってもらい、異物の有無や継手間の距離、高低差がセンサー類の計測値と合っているか確認しました。
大田6号函が沈設される前から1~3号函は他JVが内部構築を進めなければいけなかったのと、耐火被覆は立坑から立坑まで全函に施工しなければいけないので、4、5、6号函JVの中で材料の搬入ルートの確保や、設備、内部構築、耐火被覆などの作業の調整が大変でした。耐火被覆は夜間に、内部構築などは昼間に施工しましたが、函内を2m×10mにメッシュ分けして、昼間・夜間作業ごとの材料の置き場所に至るまで、毎日調整会議を開いていました。それと、設備スタッドを打つと、溶接後に塗装が必要で、その塗装が終わらないと耐火板を付けられず、さらに、設備スタッドは数も種類も多く、塗装の後はインターバルが決まっていて日数を短くすることができなかったので調整が大変でした。
立場6、7号函の函内作業が工程のクリティカルでした。函内作業は沈埋函のみならず、陸上トンネル部も含めた全延長にわたるため、その管理と円滑な工事間調整が求められました。日々、工事担当者間で具体的で現実的な調整をすることで、作業の輻輳を極力避け、工事を進めました。
酒井以前の沈埋函工事なら1年1函のペースで製作・沈設して、沈設後に現地測量をしっかり行い、次の沈埋函の寸法を調整することが可能でした。南北線工事は、7函をすべて一気に製作し、1年足らずの間に次々に沈設する工程だったので、あらかじめそれぞれの函の沈設精度の基準値、あるいは許容値を決めて、誤差が許容値を越えた場合はジャッキで横から押して微調整する計画を立てていました。コンサルタント、各JV、沈設作業を行うサルベージ会社による沈設精度協議会を設け、各函の沈設ごとに据え付け精度を確認し、その精度を高めていきました。3回程度必要と想定していたジャッキによる微調整は、結果的に1回で済みました。わが国の海洋土木技術のレベルの高さを目の当たりにした瞬間でした。
桑原沈設精度協議会はトンネルを円滑に繋げるのが大きな目的でした。立坑間は930mで、沈埋函7函を沈め、最終のキーエレメント函(6号函)で許される誤差がプラスマイナス50mmでした。限られた工事期間での施工だったので、1~5号函までは長さを調整できない状態での施工となり、通常の方法では接続が不可能になりました。その解決策として、2号函を沈設した状態の長さ、位置をもって6号函の本体の長さを変更しました。その際、BIMを使って各種シミュレーションを実施するなど現場の担当者がつききりで対応しました。また、7号函を据え付ける向きを調整してもらったお陰で、最終沈設時の誤差は17mmで収まり、設計許容誤差の3分の1という優秀な精度となりました。
立場立坑構築と沈埋函製作の出来形精度・値をいかに理解しているかが重要でした。2018年1月ごろ立坑構築が完了した後、立坑の回転・変位を考慮し、立坑に取り付けるガスケットビームの製作長さを変更することで、元の設計の法線に戻すように調整しました。4号函の沈設結果より、立坑に設置するガスケットアングル(7号函の接合面)を20mm沈埋函側に張り出し、沈設後の函体延長を補正しました。この調整を行うことで7号函を精度よく沈設することができ、6号函にバトンタッチ、全函が貫通することができました。
羽田沈埋函を確実につなげるという意味では協議会の役割は大きかったと思います。一方、つながった後の函内作業も輻輳し、それをどう交通整理するか大変でした。
酒井発注者、受注者、コンサルタントの3者からなる建設協議会を週1回開き、何が工程上のクリティカルになるのか、設計なのか、施工なのか、だれがいつまでに解決しなければいけない課題なのか、膨大なリストを作成して課題の見える化をしていきました。発注者、受注者の分け隔てなく、みんなで課題に対し代替案を考え、知恵を出し合ってフォローする雰囲気がありました。2019年7月に7函が貫通した後に、残り1年の工程を精緻化すると、どうしても1.5カ月ぐらい入らないということが分りました。現場だけの短縮努力だけでは限界があり、労働者不足も顕在化する中で、このままでは駄目だと思い、各JVの支店長クラスの方にお集まりいただき、バックアップを要請しました。その危機感が伝わり、工期短縮の一層の努力に加速がついた気がします。
北市協議会で大枠を決めて、それを現場に持ち帰ってブレークダウンする。JV間の作業の連絡調整を行う中で、とにかく工期内に終わらせるという共通認識をもって、みなさんと協力して作業をしました。トンネルなので出口、入り口が1カ所しかないため、ガス切断をしている時は函内に煙が充満し、作業にならないようなことにも日々の連絡調整で対処していました。
大田材料の搬入、置き場などは各JVが同じ1枚の函内平面図に記入して調整しました。継手部を関所と呼び、作業を進める上で片側通行ができるようにして、完全通行止めが最小限の期間で済むようにうまく調整することができました。
酒井我々が最も恐れていたのが大規模な事故を起こすことでした。万が一、死亡事故が起これば工期に致命的なダメージを与える。いかに事故を起こさないようにするか、細心の注意を払っていました。月1回、安全連絡会を開き、必ず所長が出席し、安全第一を繰り返し要請しました。6工区のどこかで起こった小さな事故やヒヤリハット、全国の整備局で起こった事故についてもみなさんに周知し全現場で共有するようにしました。先の沈設で明らかになった課題は「トラブル事例集」を作成して、次に沈設に臨むJVに周知しました。
大田この工事は私がこれまで経験したことをすべて出し切った集大成のような工事でした。4、5、6号函は設計変更で途中から耐火被覆などが入ったのですが、工期を知ったときは正直、間に合うとは思えませんでした。しかし、協議会を設立し、3者が協力し合って達成できたと思っています。
桑原4、5、6号函の施工で多くの工種を経験させてもらいました。今は現場を離れ別の部署に所属していますが、この経験を生かし次の業務に精進したいと思います。
立場当座談会には「30代の若手技術者」として参加させていただきました。建設業界の課題の一つにある「技術の伝承」の観点では、今回の南北線事業を通して沈埋函、立坑工事の実務に携わり、次世代に伝承されたと理解しています。新たな沈埋函工事があれば、この経験を生かし、また次の世代にも技術を伝承したいと思います。
北市私も技術の伝承ができるように、次の沈埋トンネル工事があると良いと思っています。
貴重な沈埋トンネルの工事に携われ、良い経験になりました。事業への多くの方々の協力に深く感謝します。完成に向けて沢山の方々と努力を重ねた日々は私にとって誇りであり、事業を通して得た多くの方との繋がりは私の宝物となりました。
酒井工事にあたり、日本埋立浚渫協会のご協力、そして施工者、設計者をはじめ関係者のご尽力によって2020年6月20日に東京港海の森トンネルは無事に開通しました。東京大会に間に合わせることを絶対かつ共通の目標で進めてきましたので、3月末に大会の延期が決定されたことで関係者の方々にはいろいろな思いがあったのではないでしょうか。しかし、当初の目標通りに施工を終え、関係者が一丸となって成し遂げた事実は変わることがありません。我が国の海洋土木技術の粋を結集し、土木技術の誇りをかけ、一丸となって成し遂げられた関係者各位に、改めて心からの敬意と御礼を申し上げたいと思います。私自身もこの事業に携われて本当に幸せだと思っています。

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