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国土交通省 東北地方整備局港湾空港部長 中島 洋
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 海草場をはじめとする河口浅海域は、高い一次生産力、穏やかな波や流れ、そして陸域からの土砂や有機物の流入といった要因により、有機物を海底堆積物中に効率的に隔離貯留する場である。2009年に国連環境計画(UNEP)は、海洋生物によって吸収され貯留される炭素を「ブルーカーボン」と新たに称し、気候変動の緩和の観点から浅海生態系の保全や再生の重要性を主張した。海洋国である我が国において、海洋基本法の早期具現化、海洋開発の促進、海洋環境の保全・再生といった課題解決に向けた諸研究の効率的な実施を推進するため、一般社団法人ブルーカーボン研究連携機構を発足させた。
1.まえがき
 この20年間に、海辺の自然再生事業の主たる手立てとして、数多くの干潟あるいは海草藻場が再生(修復や創出)されてきた。公共事業としてこれまで海辺の再生が進められてきたものの、現在は転換期にあると考えられる。それは、公共財政が逼迫し、費用対効果が厳しく査定されるようになってきたことによる。この状況が続くと、これまで認識されてきた海辺の価値(水質浄化、食料供給、リクリエーションなど)だけでは、費用便益の観点からは訴求力が低下し、自然再生事業が先細りになると予想される。したがって海辺の新たな価値の発掘と説明が、今後ますます必要となる。
 新たな価値の発掘という観点から注目されつつあるのが、「ブルーカーボン」である。ブルーカーボンにより、海辺の資本価値や便益が向上することが期待される。そして、費用対効果の面から公共事業としての訴求力向上、あるいは非公共への訴求により「税金」でない資金の導入による民間主導の自然再生事業が期待される。
 2015(平成27)年秋、一般社団法人ブルーカーボン研究連携機構が発足した。海洋を基盤とした二酸化炭素削減技術であるブルーカーボン、および下記で説明するブルーリソースに関する調査・検討を行うとともに、それらの普及啓発を行うことが期待されている。
 本稿では、ブルーカーボンやブルーリソースの概要と、一般社団法人ブルーカーボン研究連携機構について紹介する。
2.ブルーカーボンとは
 海洋生物によって生態系内に隔離された炭素のことを、2009(平成21)年に国連環境計画(UNEP)は「ブルーカーボン」と名付けた1)。陸域や海洋は、地球における炭素の主要な貯留場所となっている。陸域と比較して海洋が炭素貯留場所として重要なのは、海洋堆積物中に埋没したブルーカーボンが長期間(数千年程度)分解無機化されずに貯留される点である1)。全球の海底堆積物へは、年間2.4億tCの炭素が新たに埋没し貯留すると推計されているが、河口浅海域はそのうちの約79%(1.9億tC)を占め、主要な炭素の埋没場所となっている(図−1)1)
 したがって、温室効果ガスのうち最も主要な二酸化炭素(CO2)を、大気から除去し大気外へ隔離し貯留させる、いわゆるCCS(Carbon Captureand Storage)の仕組みが、海洋生態系とりわけ河口浅海域において有効に機能している。
 UNEPは浅海生態系の保全が気候変動対策の文脈においても重要であることを主張している。それは、堆積物中に長期間貯留されるはずのブルーカーボンも、もし人為影響などによって攪乱を受けると酸化分解を受けて無機化され、CO2となり大気へ容易に回帰してしまうからである。
図−1 全球における炭素循環図。文献1,2)より作図。河口浅海域では毎年1.9億tの炭素が貯留される。河口浅海域が大気中のCO2の吸収源なのかそれとも排出源なのかについての研究が、近年盛んである。
3.ブルーカーボン調査研究の現状
 海草場、塩生湿地、マングローブ、干潟といった砂泥性の浅海生態系の堆積物が、ブルーカーボンの主要な埋没場所である。しかしながら、ブルーカーボンの総量や堆積物中へのブルーカーボンの埋没速度、あるいは浅海生態系と大気との間のCO2ガス交換については知見が限られており、現在世界中でその推計が勢力的に進められている。以下では、ここ数年の間に新たに解明した、河口浅海域における炭素貯留やCO2ガス交換について概要を述べる。
3.1ブルーカーボンのジレンマ:炭素は貯留するが、CO2は正味で排出?
 炭素埋没場所として河口浅海域の堆積物が重要であるという認識は深まってきた。それでは、河口浅海域は本当に大気中のCO2を正味で吸収し、気候変動の緩和に寄与するのか。
 実は河口浅海域は、陸域から流入した有機物が分解され無機化する場、すなわちCO2の正味の排出源との見方が一般的である3,4)。これは、「陸域から海域へ流入した炭素の一部は分解されて大気へCO2として排出、一部は海底堆積物もしくは海生生物体内に貯留、そして残りは河口浅海域外に流出」というごく自然な炭素フローとして解釈できる。
 しかし、この炭素フローを気候変動の緩和策の観点からとらえると、ジレンマを抱えることになる。すなわち、河口浅海域は、「有機物を長期間貯留するプラスの機能と大気中にCO2を正味で排出するマイナスの機能」を併せ持つ。この符号の不一致は、大気と生物との間に海水が媒介するため起きる現象であり、陸上生態系では特に議論されていない。それは、陸上では大気と生物の間で直接ガス交換されるため、大気中CO2が正味で吸収された分と同量が、生物体内もしくは土壌中に貯留されるとみなしているからである。
3.2本当に排出源なのか
 それでは、地球上のすべての河口浅海域は、CO2の排出源となっているのか。もし、吸収源となり得る条件があるならば、有機物を貯留しかつ大気中のCO2を正味で吸収する、気候変動の緩和策として魅力的な河口浅海域が想定可能となる。
 海洋と大気とのガス交換は、海面を通して起きる。したがって、海水中のCO2が盛んに消費され、海水中のCO2濃度が大気よりも下がる条件、すなわち、「その場の一次生産速度が高く、呼吸分解速度が低い」条件が満たされれば、大気中のCO2を正味で吸収すると予想される。
 そこで、河口浅海域の中でも一次生産速度が高い海草場に特に注目し、大気中のCO2を正味で吸収するかどうか検証してみた。その結果、渦相関法をはじめとする新たな計測技術の開発と導入によって、海草場が年間を通じて大気中CO2の正味の吸収源となり得ることを、世界で初めて実証した(図−2)5)。北海道の風連湖のアマモ場では、年間1,400t(1ha当たり年間約0.24t)のCO2が、正味で吸収されていると見積もられた。
 大気−浅海生態系間のCO2交換速度の観測や解析は、現在広がりをみせている。国内では海草場に加え、干潟、湿地、サンゴ礁などで観測が進められている。湿地では正味で吸収、あるいは海草場>干潟>サンゴ礁の順に正味で吸収との報告例がある一方、干潟では正味で放出の報告例もある。現地観測データの蓄積により、交換速度を規定する要因についての解析が可能となり、将来予測へ道もひらける。一次生産や呼吸分解といった生物過程のほか、風速やpH、塩分といった要因が、CO2のガス交換速度を決定づけていることが明らかとなってきた。
図−3 下水処理された淡水が流入する沿岸海域ほど、大気中CO2の正味の吸収源となる可能性がある。文献8)を改変。図−2 海草場における炭素フロー図。文献5)を改変。生態系全体の総生産速度(P)が呼吸分解速度(R)を上回る場では,年間を通じて大気中CO2を正味で吸収しうる。北海道の風連湖のアマモ場では、年間1,400t(1ha当たり年間約0.24t)のCO2が,正味で吸収されていると見積もられた。
3.3スケールアップ:大阪湾や東京湾も正味でCO2吸収
 個別の浅海生態系から空間スケールを広げ、内湾域全体としてみた場合はどうであろうか。内湾域は、前述のとおりCO2の排出源と認識されているが、国内の大阪湾や東京湾では、それがどうも当てはまらないようである。この2つの都市海域は、年間を通じて正味で吸収している6,7)。なぜこの2海域では、通説とは異なり内湾域全体で吸収源となりうるのか。これを機構的に説明する仮説をたててみた(図−3)8)
 国外での研究事例で排出源となっているサイトでは、人間活動の影響を比較的受けていないのに対し、吸収源となっているサイトでは、背後の土地利用形態が都市域もしくは農地など、人間活動の影響を受けていることに目をつけた。人間活動の影響を受ける場所は、(1)多量の栄養塩の流入、(2)下水処理によって炭素が相対的に多く除去され、栄養塩が残存した淡水が流入、(3)流入水中の残存炭素は難分解性のものが多い、といった特徴がある。これらの特徴により、海域での一次生産が促進される一方、陸起源の有機物は分解無機化されにくい。人間活動の影響を受けた内湾が通説とは違いCO2の吸収源となるのは、このような機構によると考えられる8)
図−3 下水処理された淡水が流入する沿岸海域ほど、大気中CO2の正味の吸収源となる可能性がある。文献8)を改変。
4.ブルーカーボン調査研究の社会実装
 河口浅海域によるCO2の吸収や炭素隔離の有効性について、科学技術の面からは明らかとなってきた。しかし、ブルーカーボン調査研究の社会実装、すなわち気候変動の緩和策としての河口浅海域の保全や再生は、どの程度見込みがあるのか。以下に見通しを示してみたい。
4.1他の緩和技術との比較
 第一に、浅海生態系のブルーカーボンを用いる技術は、社会実装への障壁が小さく、持続可能といった長所がある。海洋鉄散布をはじめ、CCSや藻類バイオ燃料プラントといった他の緩和技術は、諸問題(コスト、製造・輸送過程におけるCO2排出、環境への悪影響)を抱えるため、社会実装のためには解決すべき障壁が存在するが、ブルーカーボン技術はこの障壁が低い。
 第二に、浅海生態系の再生事業により、気候変動の緩和だけでなく、他の生態系サービス(食料供給、水質浄化、観光レク、防災減災など)の効果(コベネフィット)も期待できる。
 第三に、ブルーカーボンは自然プロセスを用いた緩和策のため、他の技術より不確実性が高く、さらに、大気からのCO2隔離速度が遅いといった短所がある。
4.2国内外の動向
 横浜市は、トライアスロン大会で発生するCO2を、海の活用によりオフセットするという、ブルーカーボンオフセットクレジットを、2014年から世界で初めて社会実装しはじめている(図−4)9)。このクレジットは、浅海生態系の再生効果に対してではなく、海産物の製造加工の工夫や、海水を活用したヒートポンプによるCO2の排出抑制効果に対して創出された。現在、浅海生態系の再生によるクレジット創出の準備が進捗しているようである。
 カーボンオフセットクレジットは、これまで気候変動枠組み条約(UNFCCC)や気候変動に関する国際パネル(IPCC)で合意された内容にもとづき、取引の仕組みが決定され市場が創設される流れであった。しかしながら、直近のUNFCCCの締結国会議(COP21)における「パリ協定」でも明らかなように、世界統一の手段で対策を講じるという考え方は、すでに現実味を失ってきている。今後は世界統一ではなく、各国が自主目標を掲げ、各国の独自の手段のもと緩和策が措置され、各国が相互監視する枠組みへ変わっていく。つまり今後の気候変動対策は、トップダウン型ではなく、ボトムアップ型が主体となる可能性がある。その意味では、横浜市が海洋を用いたカーボンクレジットを、世界ではじめて社会実装した意義は大きいと思われる。
 ローカルな事情に合わせたブルーカーボンクレジットの社会実装を展開するためには、今後、科学技術的根拠にもとづく計測手法の開発10) ならびに透明性のある報告方法や検証など、独自の技術開発やルールづくりを進めていく必要がある。
図−4 社会実装された「横浜ブルーカーボンオフセット事業」の概要9)。ブルーカーボンを活用したカーボン・オフセット制度を導入した。具体的には、地元産わかめの地産地消などによるCO2削減分を、世界トライアスロンシリーズ横浜大会と横浜シーサイドトライアスロン大会の開催で排出されるCO2でオフセットしている。
5.ブルーカーボン研究連携機構の設立
 社会実装を行った横浜市で先駆的な検討を行った研究者等を中心に、2015年秋にブルーカーボン研究連携機構が設立された。海洋環境、水中ロボット、港湾、エネルギーやクレジット等の研究分野の専門家による、海洋を軸とした総合的な取り組みが期待されている。
5.1横浜市での先駆的検討
 横浜市の海岸線長さは約140kmあり、日本全体の3%にもなる。横浜市の先駆的な検討では、海洋で実施可能な温暖化対策はUNEPが提唱するブルーカーボン、すなわち海洋生物による二酸化炭素吸収に限らないこととした。船舶陸電や海水ヒートポンプ等による海洋関連のエネルギー削減技術を「ブルーリソース」と名付け、ブルーリソースを活用することによる温室効果ガスの削減にも着目している。
 また、ブルーカーボンおよびブルーリソースの取り組みを通じて「親しみやすい海づくり」を進め、人と海の良好な関係を築くことも重要だと考え、ブルーカーボン、ブルーリソース、親しみやすい海づくりの3つを「横浜ブルーカーボン」とし、海洋を軸とした温暖化対策を推進している。
 ブルーカーボンを“見える化”および“市場価値化”する仕組みとして、検討時には二つのカーボンオフセット制度があった。環境省所管のクレジットオフセット制度および経産省等所管の国内クレジット制度である。前者は一般的な排出量削減プログラムであり、後者は大企業の資金を利用して中小企業の排出量を削減しようとしたものであった。なお、2008(平成20)年から2011(平成23)年時点までの認定実績は、前者が81件13.7万t、後者が404件22.8万tであった。現在は、「J−クレジット精度」として両者が統合されている。
 前者の事務局である「気候変動対策認証センター」および後者の事務局である「みずほ情報総研株式会社」に対し、横浜ブルーカーボンの取り組みによる温室効果ガス固定・削減量の認証可能性についてヒアリングを行った。
 この結果、両制度は京都議定書の考え方に基づいているため、ブルーリソース(海洋関連エネルギー削減技術)については既存方法論の変更または新規方法論の作成により認証できる可能性があるが、京都議定書における吸収源対策として認められていないブルーカーボンおよび食用利用については現段階では認証は困難との回答が得られた。
 一方、自治体独自制度であれば自由度が高く、ブルーカーボンおよびブルーリソースを認証することが可能であるため、横浜市独自のカーボンオフセット制度により横浜ブルーカーボンの見える化・市場価値化を推進することとした。この自治体独自の制度では、国際的な取引や活動には発展しようがないが、地域振興や環境保全に貢献できる。
5.2ブルーカーボン社団設立
 2015年、横浜市の後援を受けて、FM横浜主催のヨコハマブルーカーボンアカデミーが行われた。横浜市が進めているブルーカーボン事業を啓蒙するとともに、一般の方々から新たな仕組み等への意見をいただいた。活動は、FMラジオでも広く放送され、ブルーカーボンという名前が世の中に浸透するとともに、多くの関心を引いた。
 さらに、このアカデミーを契機として、海洋基本法の早期具現化、海洋開発の促進、海洋環境の保全・再生といった課題解決に向けた諸研究の効率的な実施を推進するために、一般社団法人ブルーカーボン研究連携機構が発足した(写真−1)。海洋を基盤とした二酸化炭素削減技術であるブルーカーボンおよびブルーリソースに関する調査・検討を行うとともに、それらの普及啓発を行うことが期待されている(図−5)。
理事長 刑部 真弘
理 事 桑江朝比呂
理 事 三上 己紀
写真−1 一般社団法人ブルーカーボン研究連携機構の発足記念講演会(2016年3月10〜13日)
図−5 一般社団法人ブルーカーボン研究連携機構のミッション
引用文献
 1)Nellemann, C., E.Corcoran, C.M.Duarte, L.Valdes, C.DeYoung, L.Fonseca, G.Grimsditch: Blue Carbon.A Rapid Response Assessment. United Nations Environmental Programme, GRID-Arendal,Birkeland Trykkeri AS, Birkeland,(2009).
 2)IPCC : Fifth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change,(2013).
 3)Regnier, P.A.G., P.Friedlingstein, P.Ciais, F.T.Mackenzie, N.Gruber, I.A.Janssens, G.G.Laruelle, R.Lauerwald, et al.: Anthropogenic perturbation of the carbon fluxes from land to ocean, Nature Geoscience,6, 597-607,(2013).
 4)Laruelle, G.G.,H.H.Dürr, R.Lauerwald, J.Hartmann, C.P.Slomp, N.Goossens, P.A.G.Regnier : Global multi-scale segmentation of continental and coastal waters from the watersheds to the continental margins, Hydrology and earth system sciences, 17, 2029-2051,(2013).
 5)Tokoro, T., S.Hosokawa, E.Miyoshi, K.Tada, K.Watanabe, S.Montani, H.Kayanne, T.Kuwae: Netuptake of atmospheric CO2 by coastal submerged aquatic vegetation, Global Change Biology, 20,1873-1884(, 2014).
 6)藤井智康・藤原建紀・中山浩一郎 : 大阪湾東部の二酸化炭素の放出・吸収量、土木学会論文集、B2、(海岸工学)、69,I_1111-I_1115,(2013)。
 7)Kubo, A. : Carbon Cycling in Tokyo Bay, Ph.D Dissertation, Tokyo University of Marine Scienceand Technology,(2015).
 8)Kuwae T., J.Kanda, A.Kubo, F.Nakajima, H.Ogawa, A.Sohma, M.Suzumura: Blue carbon inhuman-dominated estuarine and shallow coastal systems, Ambio, 45, 290-301(, 2016).
 9)信時正人・本田裕一・中田泰輔・吉原哲・岩本淳:横浜ブルーカーボン事業の取組について、環境システム研究論文発表会講演集、41、175-181、(2013)。
10)所立樹・渡辺謙太・田多一史・桑江朝比呂: 港湾におけるブルーカーボン(CO2吸収と炭素隔離)の計測手法のガイドライン、港湾空港技術研究所資料、No.1309, pp.1-29、(2015)。

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