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わが国の社会資本ストックは、これから数10年後に一斉に更新期を迎える。港湾施設も1960〜1980年代にかけて大量に整備されており、今後次々と老朽化が進む。更新期を迎える港湾施設を今後、どう延命化させ、計画的かつ効率的に更新していくのか。国土交通省港湾局技術企画課港湾保全企画室に「港湾のストックマネジメント」をテーマに寄稿していただいた。 |
●2029年には50年以上経過した岸壁が約50%に |
資源小国であるわが国においては、戦後の経済成長とともに、港湾の整備を着実に推進してきた。内閣府の行った試算によれば、2003年度時点で港湾における社会資本ストックは30兆円に達しているが、高度経済成長期に集中的に整備した施設を中心に、今後老朽化が急速に進行することが予想されている。 例えば、港湾の基幹的役割を果たす岸壁では、建設後50年以上経過する施設の割合は2009年には約5%であるが、2029年には約 48%になることが見込まれており、急速に老朽化が進むことにより、物流ネットワークを支える港湾機能の低下とそれに対応するための改良・更新コストの増大が懸念されている(図−1、図−2参照)。 このような港湾施設の老朽化について的確に対応することが必要であるが、港湾施設は沿岸部にあるため、塩害などの環境条件が厳しく、近年ではとりわけ鋼製部材や鉄筋コンクリート構造が多用されている岸壁において、エプロンの変形、ひび割れ、崩落や鋼管杭の破断等が生じた事例が報告されている(図−3参照)。 これは、日常的な点検が困難な飛沫帯や海中部の鋼材腐食、コンクリート劣化による強度低下、破損が原因と考えられるものが多く、また、防波堤や護岸のような外郭施設においても、沈下による必要天端高さの不足、根固めや消波ブロック等の沈下・散乱が起きるなど、構造物の劣化・損傷による港湾施設の機能の低下が顕在化してきている。 |
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図−1 供用後50年を経過する施設数の推移 |
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図−2 供用後50年以上経過する岸壁の割合 |
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図−3 港湾施設の劣化・損傷事例 |
●予防保全を導入した維持管理によるライフサイクルコスト低減の必要性 |
ストックの老朽化の進行とともに、港湾施設の維持修繕・改良・更新に要する費用についても増大が見込まれており、当局の推計によれば、2008年度から2030年度の間に当該費用が約2.2倍に増加すると見込まれている。 今後は、限られた投資余力の中で国民経済の健全な発展と国民生活の質の向上を図るために、今までに蓄積された港湾ストックを徹底的に活用していくことが重要である。そのため、今後の港湾施設の老朽化の進行と改良・更新コストの増大に備え、ライフサイクルコストの低減や改良・更新需要の平準化を図るとともに、港湾施設の安全性を確保するため、構造物の劣化・損傷による性能の低下を事前に防止する「予防保全型」の政策に重点を移し、戦略的な維持管理に取り組んでいる(図−4参照)。 |
●予防保全の導入に向けた環境整備 |
港湾施設の「予防保全型」の考えを導入した戦略的な維持管理を推進するため、様々な取組みを実施してきている。主なものとして、港湾施設の維持管理に関する技術基準の整備と維持管理計画の策定による維持管理の実施、技術マニュアル等の整備や専門技術者の育成・配置の促進(研修・資格制度の整備)等による技術的支援、港湾施設の維持管理に係る予算措置(維持管理計画の策定、施設の改良・更新)、アセットマネジメントに向けた取り組みなどが挙げられる(図−5参照)。 |
●技術基準省令・告示における維持管理の明確化 |
港湾施設の維持管理を計画的かつ適切に実施すため、構造物の劣化・損傷による性能の低下を事前に防止する「予防保全型」の考えを導入した計画的かつ適切な維持管理の推進を、技術基準の改正内容に盛り込み、省令、告示等を整えた。
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○施設設置者による維持管理計画の策定の標準化 |
港湾法で定義される航路、泊地等の水域施設、防波堤、護岸等の外郭施設、岸壁、桟橋等の係留施設、道路等の臨港交通施設をはじめとした港湾の施設で、港湾法施行令で規定される技術基準対象施設について、対象施設の供用期間中にわたって要求性能を満足するよう、維持管理計画等に基づき、適切に維持される必要がある旨を規定した。これにより、当該施設については、基本的には、あらかじめ維持管理計画等を策定し、同計画に基づき計画的かつ適切に維持管理が行われる必要がある。 また、技術基準対象施設の維持管理計画等は、設置者が定めることを標準とし、対象施設の供用期間並びに予防保全を踏まえた維持管理についての基本的な考え方、計画的かつ適切な点検診断や維持工事等を、維持管理計画等に定める標準的な事項として規定した。 |
○維持管理に関する専門技術者の位置付け |
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○維持管理に関する専門技術者の位置付け |
維持管理計画等を定め、同計画に基づく維持管理を実施するに当たって、維持管理に関する専門的知識・技術または技能を有する専門技術者の関与を標準とする旨を規定した。 |
○技術基準対象施設の設置(建設等)許可等に当たっての維持管理方法の明示を規定 |
港湾区域等の水域又は臨港地区において港湾の施設の設置(建設等)をする者が、港湾法に基づいて、港湾管理者、都道府県知事又は国に対する許可申請、届出又は協議をするに当たって、対象施設を適切に維持するための維持管理の方法を記載した書類を添付することを規定した。 |
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図−4 ライフサイクルの延命化の概念 |
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図−5 港湾施設の維持管理に関する取り組み |
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図−6 維持管理計画書の標準的な構成と定めるべき事項 |
●技術マニュアル等の整備 |
港湾施設に対する維持管理技術のさらなる向上に努めるための技術的支援についても推進している。維持管理計画書作成や維持管理業務にあたって、技術的な支援をするため、「港湾の施設の維持管理計画書作成の手引き」(財)港湾空港建設技術サービスセンター)を平成19年度に発行し、平成20年度に増補改訂している。「港湾の施設の維持管理技術マニュアル」(財)沿岸技術研究センター)も平成19年度に発行している。今後もこうしたマニュアル類のフォローアップを図るなど技術的支援を推進する。 |
●専門技術者の育成・配置の促進 |
港湾施設の維持管理に関する専門技術者は不足している状況であり、維持管理に関する専門技術者の育成、確保が必要となっている。そこで、(財)沿岸技術研究センターにおいては、維持管理に関する知識及び技術等に精通した技術者を認定する「海洋・港湾構造物維持管理士」資格認定制度を平成20年度に創設したところであり、当資格認定制度の活用が望まれる。 |
●予算措置 |
港湾施設の維持管理計画の策定を推進するため、平成20年度から原則5年間の時限的な措置として、地方自治体等の港湾管理者に対して維持管理計画の策定に要する経費の一部を補助する制度が設けられた。なお、当該予算は平成22年度より社会資本整備総合交付金に移行したところである。 |
●アセットマネジメントの推進 |
以上とともに、港湾施設の利用実態、重要度、代替性、老朽度等に基づき、維持管理・改良・更新投資の選択と集中を行う「港湾施設のアセットマネジメント」を推進しており、現在、適切な資産管理を行うため、港湾施設の情報を集約し一元的に蓄積・管理する取り組みを行っている。これにより、予防保全型維持管理に係る技術的・経験的情報の蓄積・活用が可能となる。 |
おわりに |
今後とも、戦略的な維持管理として、技術開発や研修・資格制度等による技術的支援や予算支援及びアセットマネジメントの取り組みを推進することにより、施設の延命化と計画的・重点的な改良・更新を実施し、老朽化・劣化の進む港湾施設の安全を確保するとともに、維持・更新費(ライフサイクルコスト)の縮減を図っていきたいと考えている。 |
東京港の中核施設となる大井・青海コンテナターミナルの管理運営を行う東京港埠頭株式会社。常に良好な状態でお客様に各種施設を利用してもらうため、平成15年度からコンテナターミナル施設の新しい維持管理と長寿命化の取り組みを進めている。同社が進める「予防保全型維持管理」とはどういうものなのか。 |
●旧施設と新施設を一体的にどう管理する |
東京港埠頭株式会社が管理運営している大井コンテナターミナルは、大型化が進むコンテナ船や増大する貨物量にも対応が可能な高規格ターミナル。昭和40年代に整備した既存施設を平成8年度から平成15年度までに再整備し、現施設は耐震強化岸壁3バースを含む全7バース総延長2354mで、全バースとも船社が借り受け、専用使用している。ふ頭には20基のコンテナクレーンが備えられ、 8000TEU級の大型コンテナ船も着岸が可能だ。一方、青海コンテナターミナルは全5バース、岸壁総延長1570m。第3、第4バースは大型コンテナ船に対応した高規格ターミナルで船社が専用使用、第0、第1、第2が公共ふ頭となっている。 同社が施設管理の重要性を認識し始めたのは、大井コンテナターミナルの再整備事業を行ったのがきっかけという。「特に桟橋部において、再整備以前は不具合が生じた際に、その都度補修を行ってきたが、再整備で新しい施設と古い施設を一体的に管理しなくてはならず、古い施設をどう延命化させていくかが課題となった」(東京港埠頭株式会社の長内誠技術部部長代理)。また、対処療法的な事後補修では抜本的な対策が打てない場合があり、予算的にも支出が一度にかさんでしまうケースもあったという。 |
●塩害のメカニズムを解明し、補修の方法、時期を明確化 |
港湾構造物の劣化は塩害に起因したものが多い。このため、塩害にどう対処していくかが、施設の延命化のポイントとなる。同社はこれまで蓄積してきた補修時の各種データをもとに、この塩害のメカニズムを解明し、その対策を検討した。 具体的にはコンクリート構造物内に含まれる塩分量がある一定の基準値を超え、それを放置すれば、構造物の中の鉄筋がさびていくことに注目した。一定期間ごとに塩分量調査を行い、将来の予測値を推算し、一定の基準値を超えたものあるいは基準値に達しないものに分類し、それぞれの劣化状態に応じた各種工法により補修することにした。 その維持管理の手順や補修の判断基準などを示した「土木施設維持管理マニュアル」を平成15年に作成。維持管理の優先度や予定供用期間、LCC(ライフサイクルコスト)、維持管理計画の考え方なども盛り込んだほか、目視による点検調査の判断基準なども写真や表などで明示し、点検者による判断のバラツキにも配慮している。 また、戦略的な維持管理の基本方針として▽施設毎に目標耐用年数を設定し、長寿命化を図るための維持管理(点検・補修)を行う▽予防保全の視点から施設のライフサイクルコストを複数比較検討し、コストの縮減を図るとともに、事業の平準化に努める▽施設別の計画(土木・建築・電気・機械)を基本とし、相互の連携による事業実施の容易さ、コストの縮減に配慮する▽利用者へのサービス低下をきたさないように、施設の信頼性を確保することを基本に維持修繕・更新の優先順位を決定する▽常に財務収支の検証を行い、その結果をフィードバックすることにより財源の裏付けを明確化することの5項目を掲げ、利用者サービスの向上と会社経営の健全化につなげる、維持管理の手法を体系的に示している。 |
●桟橋上部工の維持管理費は事後保全型の約3割に |
長内技術部部長代理は、適時適切に維持管理を進めれば「施設は100年間使用に耐え得る。桟橋上部工における維持管理費の試算では、事後保全型の約3割に相当する50億円程度で済む」という。さらに、塩害被害などを早期に発見することで、補修工法の選択の幅を広げ、計画的な維持補修を行うことで、予算も平準化できると見る。 コンテナターミナルのお客さまとの協同の取り組みとして、施設の不具合などを定期的に確認し、共有化することも、同社の維持管理手法の特長の一つだ。「弊社の点検だけでなく、普段専用埠頭などを利用している方々にもご意見をお伺いしている。当初、想定以上の案件のご指摘をいただき、それに対処するのが大変でした」(同)。随時の対応のほかに、お客さまとの定例会議は、当初月1回ペースで行っていたが、一定の成果が得られたため、現在は四半期ごとに実施している。 |
●戦略的な維持管理をコンテナクレーンなどにも適用 |
戦略的な維持管理は、コンテナクレーンなどにも適用している。「コンテナクレーンは各種の部材や部品で構成されているため、それぞれの耐久性が異なります。例えば鋼部材は耐用年数が長いが、電気・機械系統は10年程度で傷む。耐久性のある鋼部材の耐用年数にあわせて、各種部品や部材が持つようにメンテを行っている」(同)。 新しい維持管理手法に取り組み初めて、今年で7年目に入る。コンクリート構造物やコンテナクレーンなどの維持管理はほぼ計画通りに進み、今のところ順調だという。今後はヤード舗装などの維持管理の検討を進める。同社ではお客さまにいつも安心して各種施設を使ってもらえるように、「各種施設ごとの延命化対策を進め、いろんな施設を対象に戦略的な維持管理を広げていく」(同)方針だ。 |
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東京港埠頭株式会社長内誠技術部部長代理(左)と岩出昌宏技術部計画調整課課長代理(右) |
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