title
title
title
Back Number

コンテナ船とバルク船の同時荷役

 天然の良港、京都舞鶴港(以下、舞鶴港)の歩みは旧海軍舞鶴鎮守府の開庁に始まる。戦後、商港として再出発すると対岸貿易の拠点として国際物流が活発化。現在、韓国に週3便、中国に週1便の定期コンテナ航路が開設され、取扱貨物量は増加の一途をたどっている。輸送需要の増大と船舶の大型化に対応するため、第2バースの整備と国際ふ頭の拡張が事業着手を迎える一方、アクセス改善に向けた臨港道路の建設も始動している。

【港湾概要】
■港湾区域面積 2,402ha
■臨港地区面積 194ha
■総取扱貨物量 1,187万t(2019年)
■コンテナ取扱貨物量 20,289TEU(2019年)
■港湾管理者 京都府
 
地勢的特徴を生かし対岸貿易の拠点として発展
 
時代と共に歩む天然の良港
 舞鶴港は城下町・港町として発展してきた﹁西港地区」と軍港都市の歴史を歩んできた「東港地区」の大きく2÷つの港湾区域からなる。両地区の中間に位置する標高301mの五老岳。その頂上に立つ高さ50mの展望タワー、五老スカイタワーの展望室からはリアス式海岸の美しい景観が広がる舞鶴湾と港湾都市として活気づく舞鶴市内の様子が一望できる。両側から抱きかかえられるように丹後半島と大浦半島に守られた舞鶴湾。湾の入り口の中央には、波・風を防ぐ戸の役割をしていることから名付けられたという周囲2.7kmの「戸島」が自然の要塞のように浮かび、湾内は常に静穏な環境が保たれている。青い空と海、緑豊かな半島と島々、港を中心に広がる街並み。展望タワーからのパノラマが「近畿百景」の第1位に選ばれているのも十分うなずける眺望だ。
 「天然の良港の条件がすべてそろっているのが舞鶴港です」。近畿地方整備局舞鶴港湾事務所の水口直仁工務課長が説明してくれるように、湾口が狭く、周囲を高い山に囲まれた舞鶴湾は、十分な水深があるだけでなく、大きな河川が流れ込んでいないので水深が浅くなることもない。広い湾内は干満の差も小さく、防波堤を築くことなく、波高30cm未満の静穏度がほぼ保たれ、あたかも湖のような恵まれた自然環境の中にある。
 湾口の東側に位置する浦入遺跡からは約5300年前に造られた丸木舟が出土。全長は推定約8mと外洋航海も可能な大きさで、古くは縄文時代から海と共に歩んできた舞鶴の歴史を象徴する貴重な遺産として、市役所近くの赤れんがパーク内に展示されている。
 港湾整備が本格化するのは明治以降。西港地区で伊佐津川の改修に合わせて河口部を埋め立て、1913(大正2)年に第1ふ頭が完成した。当時は鉄道駅が設けられるなど港の中心として発展。現在、伊佐津川側は漁港区域に指定され、市場など漁協の施設が並んでいる。戦前(1938年)に完成した第2ふ頭は、舞鶴港が戦後、商港として再出発すると、岸壁の延伸や拡張を行いながら対岸貿易の拠点の役割を果たしてきた。第2ふ頭は韓国・中国向け軽工業品、ロシア向け中古車の輸出、化学工業品などの輸入のため貨物船が利用するほか、市街地に近く利便性が高いことからクルーズ船も利用している。
 第4ふ頭は雑貨、喜多ふ頭は原木、木材の荷役に使われている。東港地区には艦船の修繕、ガラス製品、木材加工などの企業が立地。またフェリーターミナルが1987(昭和62)年に第2ふ頭から前島ふ頭に移転し、北海道―西日本間のフェリー貨物の移出入港として国内輸送を中心に利用されている。
 
 
西港地区の各ふ頭と上安久線の計画位置

日本の近代化とともに発展した舞鶴港
 西欧列強に渡り合うため海防力の整備が急務となっていた明治期の我が国。軍港にふさわしい良港として、横須賀、呉、佐世保、そして舞鶴の4カ所が選ばれ、鎮守府が開庁された。海軍工廠など中枢施設が設置され、軍港都市として発展、港湾関連のインフラ整備も進んだ。終戦後、鎮守府や海軍工廠は廃止、解体され、舞鶴港は引き揚げ者を迎え入れる10港の一つに指定され、旧満州、朝鮮半島、旧ソ連(現ロシア連邦)からの引き揚げ者を迎え入れた。1950(昭和25)年以降は国内で唯一の引き揚げ港となり、1945(昭和20)年からの13年間で66万人の引き揚げ者を迎え入れた。「岸壁の母」の舞台としても有名だ。
 舞鶴港は1951(昭和26)年に重要港湾に指定され、近畿北部の流通拠点としての機能を発揮、臨海部への工場立地が進んだ。東アジア、極東ロシアに近接している地勢的な特徴から国際交流も活発化。1958(昭和33)年には旧ソ連ナホトカとの定期航路の寄港地に指定された。韓国・釜山とのコンテナ定期航路は1990(平成2)年に開設。1995(平成7)年に日本海側港湾では最初の輸入促進地域(FAZ)指定を受け、1999(平成11)年には中国・大連・青島との定期航路が開設されている。
 国内定期航路は舞鶴―北海道・小樽間の直通フェリーが1970(昭和45)年に就航を開始した。フェリーターミナルは西港の第2ふ頭地区から1987(昭和62)年に、国内物流の拠点に位置付けられた東港の前島地区に移転。2004(平成16)年に導入された高速フェリーによって運行時間が約30時間から約20時間に大幅短縮され、1日1便、定期運航されている。また、ロシア・ウラジオストク―韓国・浦項―舞鶴の日韓露を結ぶ国際フェリー航路が2020(令和2)年9月に開設され、舞鶴港初の直行国際フェリー航路が実現した。ロシア向けの中古自動車輸出量は伏木富山港に次いで国内第2位という。
 舞鶴港は2011(平成23)年11月、「国際海上コンテナ」「国際フェリー・RORO船」「外航クルーズ」の3つの機能で日本海側拠点港に選定された。関西経済圏の日本海側ゲートウエーとしての機能強化によって、コンテナ貨物取扱量をはじめ物流・人流の飛躍的な増加が期待されている。
 
物流の効率化へ市街地迂回ルートの整備に着手
 
中核の国際ふ頭で2期整備が始動へ
 第2ふ頭には1989(平成元)年に多目的クレーンが完成し、コンテナ貨物の取り扱いが始まった。取扱貨物量が堅調に推移するなか、輸送需要の増大や船舶の大型化に対応するため、5万トン級船舶が接岸可能な水深14mを確保した国際物流ターミナル(舞鶴国際ふ頭)の整備計画が浮上。西港の和田地区の沖合を建設地とし、1995(平成7)年に1函目のケーソンが据え付けられ、工事が本格的にスタートした。第1期事業で約11haのふ頭用地と約6haの港湾関連用地を造成、合わせて新ターミナルへのアクセス道路として3つの橋梁と延長1,260mのトンネル部(みなと安久トンネル)を含む臨港道路を建設するという大規模な開発事業が進められた。2010(平成22)年4月、延長280mの岸壁を備えた「舞鶴国際ふ頭」が供用を開始。引き続き、コンテナ船・バルク船の同時着岸に対応するための岸壁延伸事業(水深14m、延長70m)に2013(平成25)年に着手。70m延伸され全長350mとなった新ターミナルは2017(平成29)年10月に供用を開始した。
 舞鶴国際ふ頭の完成により取扱貨物量は右肩上がりで増加している。外貿コンテナ取扱量は2011年と2020年の比較で約2.2倍と大幅に増加。ターミナル整備による輸送コスト等の削減効果は年間約40億円に上るとの試算結果が出ている。
 舞鶴国際ふ頭の全体整備計画では、第2期事業でふ頭用地約9haと港湾関連用地約4haを拡張する構想。京都府が進める2期地区の造成計画と歩調を合わせ、近畿地方整備局は第2バースの整備に2021年度から新規着手する。第2バースは水深12m、延長210mで計画。早期の着工を求めていた地元経済界の要望がようやく実現への一歩を踏み出した。2期地区の造成には、新たな臨港道路「上安久線」の整備で発生する残土が有効活用される。掘削土砂の裏埋め土への利用は、1期地区の造成ですでに実績がある。
 
アクセス改善や機能強化が進行
 関西経済圏の日本海側のゲートウエーを標榜する舞鶴港周辺の交通ネットワークの整備状況を見てみよう。高速道路網では舞鶴若狭自動車道が2014(平成26)年に、京都縦貫自動車道が2015(平成27)年に相次ぎ全線開通。4車線化整備も着々と進行しており、物流を支える道路ネットワークの拡充が図られている。舞鶴港周辺に所在する綾部、長田野、亀岡大井といった工業団地には2021年1月現在、食料品・電気機器・紙製品製造、金属加工など約110社が立地している。
 舞鶴国際ふ頭で荷役される貨物は現在、高速道路とのアクセスに市街地を経由する必要があり、物流の効率化だけでなく、渋滞解消や交通安全の観点からも迂回ルートの整備が急務となっている。この迂回ルートが新たな臨港道路「上安久線」で、国道27号と既存の臨港道路(和田下福井線)との間を、開削工法による陸上部と高架橋で連絡する。上安久線(延長約800m)は2020年度より現地着手され、和田下福井線と接続する起点部で工事が始まっている。上安久線は高速道路へのアクセス性を強化するため、将来は国道27号のバイパスとなる「西舞鶴道路」(延長約5km)とつながることで、舞鶴若狭自動車道の舞鶴西ICと直結し、ふ頭と高速道路との直通化が実現することになる。
 歴史のある舞鶴港には戦前に整備された施設も現存し、その老朽化対策が課題となっている。第2ふ頭では、上部工や床版部のコンクリート剥落・鉄筋露出、桟橋のコンクリートウェルの欠損、エプロン下部の空洞などが確認されており、予防保全計画に基づき補修・補強・改良が行われている。3号・4号岸壁(いずれも延長165m)の老朽化対策では鋼管杭の新設、上部工の打ち替えなどの実施に当たり、港湾関係部局では初となるCIMモデルを試行導入。3次元データを活用した施工検討などによってミスや手戻りの削減、工程の短縮、施工現場の安全性の向上といった導入効果が確認された。「施工内容をあらかじめCG化することで、2次元の図面では難しかった細部の理解や認識の共有ができるようになり、安全対策上も有効なことが分かった」(水口課長)という。
 
第2ふ頭を客船向けに用途転換、さらに予防保全も
 
クルーズ利用の再開に向けた取り組み
 世界的なブランド力を持つ観光地・京都への日本海側の玄関口となる舞鶴港は、北東アジアの中心に位置する地勢的特徴もあって、クルーズ船の寄港が早くから定着した。市制50周年を迎えた1993(平成5)年には初代飛鳥が寄港している。日本三景の一つ、天橋立を組み込んだ旅行商品を設定できることもあり、クルーズ船の寄港はコンスタントに推移。京都縦貫道が全線開通し、CIQ(税関・出入国管理・検疫)手続きが可能な旅客施設が第2ふ頭に整備された2015(平成27)年以降は寄港回数が急増し、クルーズ船への対応の強化が必要になっている。そこで京都府らは市街地に近く利便性の高い第2ふ頭を、貨物を取り扱う公共ふ頭から客船ふ頭へと転換を図っていくことにした。快適で利便性の高い交流空間を形成することで、観光振興による地域活性化につなげるのが狙いだ。
 クルーズ船の需要増加に対応した第2ふ頭の機能強化では、国交省の直轄事業で3号・4号岸壁の予防保全や2号岸壁先端への係船杭の整備を実施。港湾管理者の京都府が旅客ターミナル施設の整備をはじめ、小口貨物向けのCFS(コンテナ・フレート・ステーション)など3棟の上屋の美装化、伸縮式通路の設置などを進めてきた。第2ふ頭を「海の京都駅」とすることを目指し、2020年度には上屋の1棟のターミナル化が完了、2021年度は総仕上げとして駐車場を整備する予定だ。上屋の美装化では内装に木質系の材料を採用し、「快適なおもてなし空間の創出を心掛けた」(京都府港湾局港湾企画課の安田肇課長)のも特徴だ。
 万全の態勢で旅客受け入れ機能の高度化に取り組んできた舞鶴港だが、全く予期せぬ新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、2020年のクルーズ船寄港予定(30回)はすべてキャンセルという事態に直面してしまった。ウイルスとの戦いが長期化する中で手をこまぬいてばかりもいられない。クルーズ利用の再開に向けては、旅客ターミナル施設などで国のガイドラインに基づいた感染防止対策を実施するとともに、第1段階として国内クルーズ船の受け入れが検討されている。
 地元の舞鶴市では、舞鶴港をクルーズ観光の寄港地としてだけでなく出発地としても積極的にPRしていく方針。京阪神からのアクセスの良さを生かしたドライブ&クルーズや、比較的近場の観光地を航路で巡るショートクルーズなど新しい客層の掘り起こしにも力を入れている。「舞鶴港では豊富な観光資源を生かしたクルーズ観光をバリエーション豊かに提供できるのが強み。年30回程度の寄港をコンスタントに保てるよう、幅広く誘致活動を行い、ベスト100港の20位以内に入っていられるようにしたい」。舞鶴市産業振興部産業創造室みなと振興・国際交流課の小島宏課長は、一日も早いクルーズ利用の本格的な再開へ向けて準備に余念がない。
(職名はいずれも2月取材時点のものです)
 
予防保全計画に基づき第2ふ頭で老朽化対策を実施 クルーズ利用の再開を待つ旅客ターミナル「京都舞鶴港 うみとびら」
 

(取材協力・資料提供/国土交通省近畿地方整備局舞鶴港湾事務所)

Back Number