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提供:国土交通省 近畿地方整備局 神戸港湾事務所

【港湾概要】
【水面積】 9,171ha
【臨港地区】 2,077.7ha
【施設】 係留施設 233バース
大型船係船岸 4万3,222m,224バース
防波堤 1万4,001mガントリークレーン
(公共16基+阪神国際港湾(株)所有32基)
2016年4月時点
 神戸港は奈良時代、天然の良港として和田岬の後背、現在の兵庫ふ頭地区を「大輪田の泊」として整備したことがはじまりといわれる。平安から鎌倉、室町、江戸と時代は変わっても瀬戸内海の重要な港として繁栄。1868(慶応3)年には、明治維新と合わせて横浜港と共に、国際貿易の拠点として世界に開かれた。国内の代表的な外貿港湾として第2次大戦後にはさまざまな施設が整備され、1967(昭和42)年にわが国最初のコンテナふ頭が完成した。1995(平成7)年の阪神・淡路大震災で甚大な被害を受けたが、関係者の懸命な努力によって奇跡の復活を遂げた。2017(平成29)年に開港150年を迎える神戸港を紹介する。
 
世界とつながる東アジアの玄関口
 
天然の良港「大輪田の泊」
 神戸港は、明石海峡から大阪湾に入った和田岬の後背に奈良時代、僧・行基が「大輪田の泊」を築いたことがはじまりといわれる。この場所は現在の兵庫ふ頭地区に当たる。大輪田の泊は、六甲連山が北西の季節風を遮り、和田岬が西からの波浪を防ぐという好条件に恵まれ、波が穏やかな良港と呼ばれた。平安時代には平清盛が約40haの人工島「経ケ島」を建設。日宋貿易の拠点として重要な役割を果たした。鎌倉時代以降、大輪田の泊は「兵庫津(ひょうごのつ)」と呼ばれ、瀬戸内海の東の要、国際貿易港として発展した。
 時代が江戸から明治に移る直前、1853(寛永6)年のペリー来航から15年後の1868年1月1日に兵庫港は世界に向かって開港。1892(明治25)年に神戸、兵庫両港が一つになって「神戸港」という呼び名になった。開港当時、港の周りはほとんど何もない状態で、その分開発がしやすかったという。メリケン波止場などの港湾整備が進むのに歩調を合わせ、現在の旧居留地に外国人貿易商が建物を整備。その周囲に華僑らが店を構えて街の姿が出来上がり、鉄道や道路の建設と合わせて港湾活動は発展を遂げていった。
 
国内初のコンテナふ頭整備
 
外貿コンテナ取扱量、2015年は震災以降最高に
 第2次大戦で空襲を受け、敗戦後には主要施設が連合国に接収された神戸港。その後、1951(昭和26)年に神戸市が港湾管理者となり特定重要港湾に指定された。1959(昭和34)年には外貿港湾の拠点として国内初のコンテナふ頭である「摩耶ふ頭」の整備に着手。臨海部の産業用地として東部工区と西部工区が造成された。コンテナ海運の本格化に連動し、港湾機能と都市機能を併せ持つポートアイランド計画が始動したのは1966(昭和41)年。1972(昭和47)年の六甲アイランド着工に続いて、ポートアイランド2期、神戸空港が建設されて現在の姿になった。
 神戸港は阪神・淡路大震災の前年、1994(平成6年)にコンテナ取扱量で過去最高の292万TEUを記録。ただ、年が明けたばかりの1995年1月、神戸港は戦後最大の都市直下型地震によって岸壁の沈下やヤードの陥没、荷役機械の損傷などに見舞われ、機能が麻痺状態に陥った。政府や自治体の迅速な支援と対応によって震災から2カ月後の3月に摩耶ふ頭のコンテナバースが暫定復旧。地区ごと、機能ごとに暫定利用しながら復旧する「打って替え」と呼ばれる方法で工事が続けられ、1997年3月に全面復旧にこぎ着けた。
 近年の外貿コンテナ取扱貨物量を見ると、2011(平成23)年が210万TEU、2012(平成24)年が207万TEU、2013(平成25)年と2014(平成26)年が205万TEUと推移。最新の2015(平成27)年統計では阪神・淡路大震災以降で最高の211万TEUとなり、国内5大港(東京、横浜、大阪、神戸、名古屋)の中で唯一、取扱量を伸ばした。
 神戸港が外貿コンテナの取扱量を増やす背景には、2010(平成22)年に行われた「国際コンテナ戦略港湾」の選定がある。神戸港と西日本の地方港を結んで輸出入貨物をフィーダー輸送。神戸港を貨物の集積港にするための誘致事業や利用促進事業が数多く行われ、船会社や荷主は神戸港の利用で補助が受けられる。2017年の開港150年を前に、神戸港は世界に開けた貿易拠点として、その地位をより強固なものにしつつある。
 
■神戸港のコンテナ貨物取扱量(1990〜2015年)
 
提供:国土交通省 近畿地方整備局 神戸港湾事務所
神戸市 みなと総局
 
六甲アイランド地区
提供:国土交通省 近畿地方整備局 神戸港湾事務所
ポートアイランド(第2期)地区
提供:国土交通省 近畿地方整備局 神戸港湾事務所
 
大震災から2年で全面復旧
 
国際コンテナ戦略港湾で進むハード整備
 神戸港は海運における東アジアの玄関口として世界中の港と結ばれている。韓国・釜山港など近隣アジア主要港と激しい競争を繰り広げる中、神戸港は2010年に大阪港と共に「阪神港」として国際コンテナ戦略港湾に選定された。2011年4月には改正港湾法に基づく「国際戦略港湾」にも位置付けられ、日本を代表する港湾として国際競争力を高めるためのインフラ整備が重点的に行われている。
 神戸港のコンテナ貨物輸出入機能を支えるのは、ポートアイランド(第2期)地区と六甲アイランド地区にある国際海上コンテナターミナルだ。国土交通省と神戸市は、国際コンテナ戦略港湾としての機能強化と輸送サービスの安定化を図るため、2地区で大水深・高規格コンテナターミナルの整備を進めている。
 ポートアイランド(第2期)地区のうち国内最大規模で連続するバース延長が1,150mに達するPC15〜17岸壁は、耐震強化と前面水域の航路・泊地の浚渫が2011年に完了。船舶の大型化に対応するため、2012年には中央航路の幅員を600mに広げるための港湾計画の変更が行われている。
 現在は荷さばき地の耐震改良工事や航路・泊地の水深16m化に力点を置く。国交省近畿地方整備局神戸港湾事務所によると、ポートアイランド(第2期)地区はPC15〜18岸壁背後の耐震改良工事と、同岸壁前面水域にある防波堤(ケーソン)撤去が進行。防波堤撤去は16年度以降も継続する予定だ。
 六甲アイランド地区でもコンテナ船の大型化に対応した高規格コンテナターミナルの整備が進む。水深16mで耐震強化されたRC6〜7岸壁背後の耐震改良工事とエプロン部の改良工事を実施中。同時に岸壁に入港するための航路・泊地浚渫(水深16m化)も行っている。RC6〜7岸壁に隣接するRC4〜5岸壁(延長880m)についても、コンテナ船の大型化に対応するため現在14mの水深を16mにする港湾計画変更が行われている。
 このほか、現在六甲アイランド地区の入り口部分で止まっている大阪湾岸道路を西側に延ばし、ポートアイランド地区を通って西部工区地区に到達する新しい高速道路の整備も具体化。港湾計画の変更は交通政策審議会の港湾分科会で7月に了承されており、神戸港の水域施設計画の変更、第一航路と灘浜航路の航路線形変更などについて、今後検討が本格化する見通しだ。同分科会の提出資料によると、六甲アイランド地区とポートアイランド地区の間にある灘浜航路と新港航路、ポートアイランド地区と兵庫ふ頭地区の間にある第一航路には、橋が架けられる計画。新港航路は神戸港に入港実績がある最大級のクルーズ船の高さを考慮し、海面から橋桁までの空間に65.7mの高さを確保する。灘浜航路と第一航路も桁下空間は54.6〜59.4mの高さにするという。橋の建設に伴い3つの航路では航路線形・幅や防波堤位置の変更が港湾計画に盛り込まれている。
 
液状化対策や航路浚渫を推進
 
2017年に開港150年
 神戸港は2017(平成29)年、1868年1月の開港から150年を迎える。神戸市は関西、そして日本の生活や産業を支え続け、震災からも復興した神戸港が迎える節目を記念し、来年1年間、さまざまなイベントを企画している。2月にアジア地域の主要な港湾管理者を招いて国際会議を開催。3月には世界で最も有名な客船「クイーン・エリザベス号」が入港し、日本発着のクルーズを初めて実施する。
 5月には神戸開港150年記念式典を開催する予定で、この席上で神戸港の将来像を発表する。7月の海の日には「海フェスタ」の開催も予定。来年1年間は150年のイベントが目白押しで、市全体で神戸港の誕生を祝う計画だという。
 
ポートアイランドの全景
提供:国土交通省 近畿地方整備局 神戸港湾事務所
旅客ターミナルのある中突堤・第四突堤
提供:国土交通省 近畿地方整備局 神戸港湾事務所
 

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