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世界最大スケールの船の誘導は、人間の五感を超える
港のあらゆる情報を知り尽くしている水先人。想定外の危険に対応できる「勘」と「経験」が求められる

 
東京湾水先区水先人会 会長 福永 昭一 氏
東京商船大学を卒業後、日本郵船に船員として入社。三等航海士から二等、一等とキャリアを重ね、船長に就任。その後、国家試験の水先人資格を取得し、退社。1999(平成11)年から2006(平成18)年まで現場で水先業務に携わり、同年、東京湾水先区水先人会の会長に就任。数年後には再び現場へ復帰する予定。
 
[写真左]混雑した水域での誘導には細心の注意が求められる [写真中左]水先人が乗務している船であることを表す旗。周囲に安心感を与える [写真中右]要請船に乗り込んだ水先人は、船長との打合せを短時間で済ませ、誘導業務にかかる
[写真右] 船長の「good job!」の一声が何より嬉しい

安全で効率的な航行を実現する港のナビゲーター
 正式名称は「水先人」。通称で「水先案内人」「パイロット」とも呼ばれるが、どこかで耳にしたことがあっても、どのような存在なのかを知っている人は少ないのではないだろうか。
 水先人は、多数の船舶が行き交う港湾や内海において現地の地形、海流などに不案内な外航船や内航船の船長を補助し、船舶を安全かつ効率的に誘導するナビゲーター。日本の海運を最前線で支えるポジションである。
 「車の運転なら他車との合図や呼吸などで容易にコミュニケーションを取れますが、船の場合はそれが難しい。こちらが相手の行動をいち早く予測・察知して事故を避けることが求められます」と語るのは水先人の十年選手、福永昭一氏だ。
 日本の海上貿易貨物の輸送量は年間約8億t、その輸送のために主要港へ寄港する船舶は約10万隻に達する。陸上の道路同様、各主要港では連日のように混雑が発生しているのだ。海上の航行は、日々の自然条件に左右されやすい。さらには残念なことに港内を航行する船のなかには、運航管理体制が不十分であったり、日本の周辺海域の気象・海象や海上交通の法律・ルールに不案内な船員が配乗された船など、国際基準に適合していない船も少なからず存在する。日頃、穏やかに見える港の風景は、その実、さまざまな危険を伴っており、円滑な海上輸送を維持するにはさまざまな分野の専門家たちの力が注がれている。
 「現地の気象や海象、地形や水深、航海法規などの知識を身につけているのは大前提。大切なのはとっさの危険予知や判断をおこなうことと、勘を養うこと。この仕事は経験工学です」。
 水先人は、船舶からの要請に応じて乗船場所として定められたパイロットステーションという水域へ船でかけつけ、要請船に乗り込む。現地状況の目視や航海機器、管制との連絡、タグボートへの指示など、要請船が無事着岸するまで1時間から1時間半のあいだ神経の休まる暇はない。高い集中力ととっさの判断力を要する仕事だ。

緊張がつづく乗務は 『Good Job!』の言葉で終わる
 水先人は1日に平均5〜6隻の誘導をおこなう。さらには夜勤もあり、数人体制で当直業務にあたる。計器や航海灯などを利用するとはいえ、暗い視界のなかでの誘導はいっそうの緊張を強いられる。
 「体力的にも精神的にもタフさが求められますね」。
 また、水先人の仕事は大いに危険を伴う。
 「大型のコンテナ船などに乗り降りするときは、波や風の揺れを受けながら10階建以上のビルに相当する高さ、200段ほどの階段を昇降しなければならないこともあります」。
 ただし、大型船への乗務が水先人にとって重要業務のひとつであることも確かだ。福永氏は、これまでのキャリアのなかでとくに印象に残っている仕事として、2006(平成18)年に横浜港へ入港した世界最大のコンテナ船『エマ・マースク』(デンマーク)の誘導を挙げる。この乗務に当たることそのものが名誉と言える。
 「17万総tを超え、全長約400m。横浜のランドマークタワーや東京タワーを横にした状態よりもはるかに大きい。乗務したときにはテンションが上がりました。ただし、あのクラスの大型船になると、少々の大きさのちがいは実感できない。いわば人間の五感を超えたスケールです」。
 ひとたびミスがあれば大事故につながりかねない重責を担うだけに、無事に仕事を終えたときの達成感はひとしおだ。
 「船長の『Good Job!』の言葉を聞いて、ようやく一息。決して楽ではありませんが、1件1件が完結し翌日以降に仕事をひきずることがない。メリハリがあって、その都度やりがいを感じられる。水先人をめざす若い人たちに、ぜひこの感覚を味わってもらいたい」
 船長の感謝の言葉を糧に、また次の厳しい業務へと向かう。この道のベテランが実感する誇りは、これからも多くの後輩たちに受け継がれていくことだろう。

水先人の資格
 水先人資格を得るには、難関試験に合格し、豊富な航海経験を積むことが必要。まず、商船大学や商船高等専門学校などで専門教育を受け、国土交通省の国家資格である三等航海士の海技試験をクリア。引き続き二等航海士となって、1年以上の実務経験を経て一等航海士試験も突破。その後、さらに3年以上の実務経験を経て船長試験に合格。3,000総t以上の船の船長を任された後、3年の実務を経て、はじめて水先人試験の受験資格を得ることができる。
 2007(平成19)年に新水先人免許制度が導入され、登録水先人養成施設に設けられた養成コースを修了することで、上に述べた一部の要件が省略可能となった。
 水先人は個人事業者だが、資格を取得した者は、全国で35の水先区それぞれに設置されている水先人会に所属することが水先法で定められている。

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