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『海の幸』は青木繁の名を一躍画壇に知らしめた[写真提供:石橋美術館]

海の幸 Umi no Sachi
作:青木繁。1904(明治37)年発表。青木繁が、画塾・不同舎の生徒で恋人でもあった福田たねや親友の画家・坂本繁二郎などと共に、千葉県館山市の布良に滞在した際に描かれたもので、近代日本美術史上の傑作と呼ばれる。現在、作品は福岡県久留米市の石橋美術館に収蔵されている。 (写真:青木繁本人による自画像[写真提供:石橋美術館])

黒潮と親潮が出会う豊穣の海
 房総半島の南端に位置する千葉県館山市は、古くから関東有数の漁場として発展してきた。また近年では冬でも温暖な気候を活かし、花木類の生産地としても有名で、沿岸を走る道路は房総フラワーラインとして多くのドライブ客が訪れる。漁業と花の町である館山でも、最南端にある富崎地区は、古くから漁港として栄えた集落である。なかでも地区内にある布良(めら)の沖合いは、黒潮と親潮がぶつかる好漁場・布良瀬として知られ、明治時代にはマグロのはえ縄漁が盛んに行われていたという。
 布良の一角、阿由戸(あゆど)の浜を見渡す山の中腹には、幾何学的な造形が目を引く大きな記念碑が建っている。アーチ状のオブジェの合間からは澄み切った海と青空の向うに、大島の島影が見える。記念碑の前には穏やかに波が打ち寄せる阿由戸の砂浜が広がり、「とっとの鼻」と呼ばれる岩場が、穏やかな砂浜の風景の句読点のように、水面に伸びていく。ひと気のない砂丘の風景は牧歌的な海の豊穣さを感じさせるようだ。
 この記念碑は、日本の近代絵画を代表する天才画家・青木繁の没後50年を記念して、彼のゆかりの地であるこの浜に建てられたものである。「青木繁」という名前を聞いても、どんな芸術家であるかすぐに分かる人は少ないかもしれない。しかし、裸の漁民たちが、獲ったばかりの巨大な魚を担ぎ、砂丘を歩いていく様を描いた代表作『海の幸』は、誰もが一度は見たことのある作品ではないだろうか。この作品が描かれた場所が、布良なのである。

 

早熟の天才画家・青木繁
 青木繁は、1882(明治15)年、旧有馬藩士である青木廉吾の長男として、現在の福岡県久留米市に生まれた。厳格な武家の嫡男としての将来を期待された繁だが、明治という新しい時代のなかで、彼はアレクサンドロス大王にあこがれる文学少年として思春期を迎え、美術への想いを強めていった。また、繁と同時代に生き、明治から昭和まで、日本洋画界の巨匠として知られた坂本繁二郎が小学校の同級生であったことも、彼の美術への憧れを後押ししたのだろう。いずれにしても、この早熟な2人の少年は、生涯を通じての親友でありライバルともなった。
 1899(明治32)年、繁は中学校を中退して東京に向かい、画家の道を歩みはじめる。画塾・不同舎を経て東京美術学校(現在の東京芸術大学)西洋画科選科に入学、黒田清輝の指導を受けた。1903(明治36)年、繁は古事記を題材とした神話的世界を描いた『黄泉比良坂』などの作品で白馬会賞を受賞。新進気鋭の西洋画家としてデビューを飾る。
 さらに翌年、美術学校を卒業した繁は、恋人や友人などと共に、房総の布良を訪れた。この時、当地で描かれた作品が、繁の代表作であり明治の西洋画の傑作として名高い『海の幸』である。裸の漁民たちが海の幸である巨大な魚を抱えて砂浜をゆく神話的世界を、ダイナミックかつ繊細な筆致で描いたこの作品は、白馬会に出展されるや、当時の画壇はもとより、芸術界全体から注目を浴びた。この時期こそが、画家としての青木繁の絶頂期だった。

 
山から見下ろす布良漁港の眺望
[写真提供:安房自然村]
 
安房浜近辺に青木繁の記念碑が建てられている[写真提供:館山市]

今も変わらぬ光あふれる海
 代表作『海の幸』の発表からわずか7年後の1911(明治44)年、青木繁は入院中の福岡市の病院で、満28歳の短い生涯を閉じた。恋人や子息との縁を断ち、芸術家として開花した東京を遠く離れ、故郷の周辺を放浪した上での、稀代の芸術家としてはあまりにも寂しい最後であった。『海の幸』の発表後、恋人である福田たねとの間に一子をもうけた繁であったが、ついに正式に結婚することはなく、次第に現実の生活と向き合うことができなくなった。同時期に画家としてのピークも越えてしまった繁は、親類縁者との縁を切り、その後、天草や佐賀などを転々としていたのである。

 物悲しい晩年を送ることになった青木繁だが、『海の幸』に描かれた世界には、そのような悲哀はない。そこには才能豊かな画家が描いた、生命が躍動するダイナミックな神話的世界が息づいている。作品の中央、こちらを向いている白い顔は、繁の恋人がモチーフだという。布良の海で恋人と遊んだ画家の心は、まだ躍動的な生命の力であふれていただろう。当時と変わらぬ海と空と砂浜を望む記念碑は、この芸術家の波乱の人生を今に伝えている。
   


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