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海潟漁港から望む桜島。中央のテーブルは、主人公夫婦がコーヒーを飲みながら談笑する場所として登場する

ホタル Hotaru
監督:降旗康男、撮影監督:木村大作。主演:高倉健、田中裕子。激動の日本を生きた人々が、新たな時代を前に、自らの生にどんな答えを見出すのかというテーマを、美しい日本の四季の移ろいを交えて丁寧かつ重厚に描き出した。主人公夫婦が暮らす海潟では、エキストラ出演やスタッフへの食事の炊き出し、漁船総出の大漁祭りシーンなど、市の漁協や市民を中心とした全面的な協力のもとで、長期ロケが行われた。

錦江湾を眼下に飛んだ若者たち
 鹿児島県垂水(たるみず)市は、鹿児島県大隅半島の玄関口に位置する風光明媚な街だ。ことに錦江湾と優美な桜島を目の前に望む「海潟漁港」からの眺めは、一帯の自然の豊かさを象徴するかのようである。
 この天然の良港では、昭和40年代前半まではカツオの生き餌であるカタクチイワシの水揚げが盛んであった。錦江湾は年間を通じて海水の温度差が少なく、魚の養殖に適しているのだ。現在、その恵まれた環境と長年にわたって培われた技術が、ハマチやカンパチの養殖に活かされ、当地の名産となっている。港の周辺地区の人口は2,500人あまりで、決して大きな港町ではないが、市の基幹産業である水産業の中枢を担っている。
 都市に暮らす人にとって、どこか懐かしく心和む海潟漁港。しかし、60年ほど前へ時をさかのぼると、一変して悲しい歴史にたどりつく。港に程近い知覧町には、1941(昭和16)年に陸軍飛行学校知覧分教所が開校され、少年飛行兵・学徒出陣の特別操縦見習士官らが操縦訓練を行っていた。そして戦況が緊迫した1945(昭和20)年、この場所が本土最南端の特攻基地となった。敗勢を一挙に挽回する手段として、必死必中の体当たり攻撃が敢行されたのである。沖縄戦では、この知覧基地から飛び立った436名が生命を失った。
 人生最後の数日間と知ったうえで、この町で過ごした若者一人ひとりの胸のうちには、どんな思いが去来していたのか。どんなに想像を働かせても、計り知れない。

時代に翻弄された人々の運命
 2001(平成13)年、東映より公開された映画「ホタル」は、海潟漁港を舞台に作られた。
 主人公は「特攻帰り」として生き延びた夫と、腎臓を患い透析を受ける妻。夫は病を患う妻のために沖合いの漁業を辞め、カンパチの養殖で生計を立てている。二人とも癒しきれない過去の想いを密かに持ちながら、静かに寄り添って暮らしている。ある日突然、夫のもとへ届けられたかつての戦友の悲報。それをきっかけに、時代に翻弄されたさまざまな人々の運命が露わになっていく。遺された伝言、かなうことのなかった想い。夫婦もそれぞれが封印していた過去と向き合うこととなる。国と国が争い、尊い人命がその犠牲となることの悲しみと愚かさが幾重にも錯綜する。やりきれない思いとともに静かな感動を呼ぶこの物語の設定は昭和から平成へと時代が移った年。戦争の爪痕を風化させてはならないという製作陣のメッセージだ。

実在した「知覧の母」
 きわめて重要な登場人物のひとりに「山本富子」という女性がいる。作中で、特攻へ向かうために町へやってきた若者たちを温かく迎え入れ、「知覧の母」と呼ばれる。この役柄は実在した女性をモデルにしている。「特攻の母」と呼ばれた鳥浜トメである。
 1929(昭和4)年、27歳のトメは知覧町に食堂を開く。うどんにそば、丼物、夏場はかき氷も出し、トメの気さくな性格と食堂の家庭的な雰囲気が人気を呼び、繁盛していた。
 1942(昭和17)年、最初の少年飛行隊が知覧に赴いた。あどけなさの残る10代の若者たちはトメの食堂に出入りし、彼女も少年兵をわが子のように面倒を見た。やがて知覧が特攻基地になると、出撃命令を受けた少年兵たちはトメに報告し、最後の夕食を作ってもらった。母への手紙を託した者もいたという。
 トメは、少年兵たちにとってせめてもの良き思い出を残したことだろう。願わくばそうであって欲しい。

 
 
地元の漁師の全面的な協力で撮影された大漁祭りのシーン
 
主人公夫婦の家も、セットではなく実際の民家を借りた
 
夫がハーモニカを吹くシーンが撮影された桟橋(現在は撤去)
 
夫婦の住まいの家主が所有する船も、主人公の「とも丸」として使用された
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