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鹿島神宮

紀元前660年発祥、武神の総本宮
 鹿島港や鹿島臨海工業地帯が誕生したのは昭和の高度成長期、Jリーグサッカーチーム「鹿島アントラーズ」の創設は1992(平成4)年と、鹿嶋市のイメージシンボルは、比較的最近につくられたものだ。しかし、それらが登場する前からこの地を象徴していたのは鹿島神宮。常陸国一ノ宮にして全国の鹿島神宮の総本山の起源は、はるか遠く神話の時代にまで遡る。
 鹿島神宮の祭神である武甕槌大神(たけみかつちおおかみ)は天照大御神(あまてらすおおみのかみ)の命を受け、香取(現・千葉県香取市)の経津主大神(ふつぬしのおおかみ)とともに出雲国(現・島根県東部)へ向かい、国獲りを成就。日本の建国に功績を上げた。さらにその後、神武天皇が東征の途中で窮地に陥った際、武甕槌大神が持つ剣の神威により救われた。こうした経緯から、神武天皇が即位するにあたり、大神を鹿島に祭った。鹿島神宮の発祥は皇紀元年、すなわち紀元前660年頃といわれている。
 その発祥から、武の神として古くから皇室や藤原氏の崇敬を受け、さらに鎌倉期以降は武家政権の信仰も得て、社殿・桜門・宝物類の奉納や所領寄進が繰り返されてきた。鹿島神宮に所蔵されている文化財・国宝「直刀(ちょくとう)」黒漆平文大刀拵附刀唐櫃(くろうるしひょうもんたちこしらえつけたりかたなからひつ)は、日本最古の直刀で、制作は奈良時代と推定される。長さ約3mの長大な刀である。
 鹿島神宮の境内は樹齢を重ねた樹が立ち並び、霊験あらかたな静寂に包まれている。だが一方で、鹿島灘の荒波、経済競争を勝ち抜く工業地帯、この地で繰り広げられる鍛え抜かれたアスリートたちの戦いぶりは、武神がもたらした勇猛な風土ではないかとも思わせられる。
 
すがすがしい水郷を歩く
 JR鹿島線の鹿島神宮駅から上り線で2駅、北浦を越えた潮来駅から徒歩3分の場所に、市営あやめ園が広がる。鹿島神宮の神々しさから一転して、水郷潮来の瑞々しくものどかな雰囲気に包まれる。
 35,843mの園内の中心は前川あやめ園。何種類ものあやめ(花菖蒲)が植えられており、盛りの6月を迎えると一面に咲き誇る。また、「潮来笠記念碑」や「潮来花嫁さん記念碑」が設置されおり、そこでは「潮来笠」「潮来花嫁さん」などのご当地ソングを聴くことができる。
 毎年6月に開催される水郷潮来あやめまつり大会のメイン会場となり、あやめまつり期間中は嫁入り舟やあやめ踊り、櫓漕ぎ舟遊覧など水郷ならではのイベントが開催される。
 もちろん、あやめの時季でなくとも、訪れた人々に心地よいリラックスしたひとときをもたらしてくれるであろう。あやめの植えられたエリアと、そこに隣接する幅の狭い前川の上にはいくつもの木製の橋が弧を描き、すがすがしい遊歩道を形成していて、郷愁を誘われる。そして、散歩しているうちに「次は6月に訪れよう」と誰もが胸に期すことであろう。
 
戦国時代の剣術家・塚原卜伝は鹿島神宮の神職の家に生まれた。その強さは「生涯敗れることなし」と言われ、剣聖と呼ばれた
鹿島神宮に所蔵されている国宝「直刀」黒漆平文大刀拵 附刀唐櫃(ちょくとう くろうるしひょうもんたちこしらえ つけたりかたなからひつ)
水郷潮来の市営あやめ園
水のある景観は、なぜか人の心を安らかにする
あやめ園の入口は潮来駅から歩いてすぐ
映画「潮来笠」で橋幸夫が演じた潮来の伊太郎のブロンズ像
あやめ園を遊覧する櫓漕ぎ舟

めしあがれ
ハマグリ
現在、国産のハマグリは激減しており、店頭に出回るのはほとんどが輸入物。そんななか鹿島のハマグリは全国トップの生産量である。鹿島産の地ハマグリは、見た目や歯ごたえ、出汁の濃厚さ、すべての点で別物である。
佃煮・煮干し
水郷潮来の特産物として、明治時代後半の頃からつくられるようになった。霞ケ浦や北浦、周辺の湖沼や河川で、季節ごとに採れる魚介類(わかさぎ、しらうお、はぜごろ、えび等)を独自のタレで煮上げた「佃煮」と、塩ゆでした後に天日干しをした「煮干し」がある。

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