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大島の展望台から望む瀬戸内しまなみ海道

陸を往くか、海を往くか
 温暖な気候、穏やかに揺れる海面、大海原に臨む視野に起伏を与える島、島、島の姿。瀬戸内海独特の景観は『多島美』という言葉で表現される。小さな無人島まで含めると、瀬戸内海に浮かぶ島の数は約140にものぼるのだ。
 今治−尾道間を結ぶ西瀬戸自動車道、通称・瀬戸内しまなみ海道のルートに沿っていくと、今治側から順に大島、伯方島、大三島、生口島(いくちじま)、因島(いんのしま)、向島の比較的大きな6つの島を経由する。また、今治港に発着するフェリーを使えば、他の小さな島に足をのばすことも可能だ。旅行で訪れるなら、どちらの交通手段を使うかは日程や楽しみ方次第。高い視野から多島美を眼下に収めてスピーディに駆け抜けるなら車で、ゆったりとした時の流れと瀬戸内海の穏やかな空気を肌で感じたいなら船で。どちらも人気の観光コースである。分解可能なスポーツサイクルを携え、今治か尾道まで電車で移動、そこで自転車を組み立ててしまなみ海道の自転車道を走って渡るサイクリストも多い。そこまで凝らない方にはレンタサイクルもある。
 主立った島には展望台が設置されているので、ぜひ登ってみることをおすすめしたい。まるで絵葉書のような景観。絵葉書と視覚的に違うのは、海面に白い尾を引きながらゆっくりと進む小舟の姿。多忙な都市生活を、ひととき忘れさせてくれる。
 
瀬戸内海を制した海賊
 島の多い瀬戸内海には、中世の頃、多くの海賊が出没した。海賊といっても、その発祥は盛んな海運で経済力をつけた当地の海の民が航海の安全を守る自警団を結成し、後に海上武装集団『水軍』となったものだ。なかでも能島(現・大島)、来島、因島の村上三島水軍は瀬戸内海の制海権を掌握。明(中国)や朝鮮、東南アジアとも交易を行い、毛利元就などの有力大名も一目置く存在であった。大島に建てられた『村上水軍博物館』では、史料や発掘品などを展示し、能島村上水軍の活躍ぶりと瀬戸内の歴史を知ることができる。


しまなみ海道が経由する島のうち、大島、伯方島、大三島が今治市に属する。大島には四国最大級のバラ公園、伯方島は石器や弥生土器、村上水軍の史跡、大三島には国宝・重要文化財の指定を受けた武具類の全国の約8割が収蔵される大山祗神社など、それぞれの特色が楽しめる
 
鎌倉末期から南北朝の時代には、航海の安全を請け負う「村上水軍」が瀬戸内海を掌握した。肖像は、能島村上氏の将・武吉の息子、景親。
フェリーとしまなみ海道が、のどかな島の港の眺めに映える
眼下に集落、その向こうに島影の数々
村上水軍博物館には、貴重な史料や兜を試着できる体験コーナーなど盛りだくさん
しまなみ海道には、自転車道も設けられている

めしあがれ
せんざんき
鶏肉に下味を付け、片栗粉をつけて揚げた料理。いわゆる鶏の唐揚げなのだが、大きめのぶつ切りとスパイシーな味付けが特徴だ。焼き鳥店で手軽に味わえる名物料理。ちなみに今治市は、人口当たりの焼き鳥店の数が日本一多い。

瀬戸内海を代表する魚といえば、やはり鯛につきる。4月初旬、鯛が産卵にかかる頃が最高に美味で、その後は味が落ちるが、真夏になって旨い魚が少なくなる時期を迎えると、不思議と旨味が再び増すといわれている。

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