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八犬伝博物館(館山市立博物館別館)
戦国大名里見氏の館山城が博物館別館として復元されている アクセス:JR館山駅から車で10分

大河作品の舞台となった理由
 館山をはじめ南房総を舞台に書かれた「南総里見八犬伝」は、全9輯(しゅう)98巻・106冊に及ぶ日本で最も長く、世界でも有数の長編小説。江戸時代を代表する文豪の曲亭(滝沢)馬琴が28年を費やして完成させた。中国の「水滸伝」の影響を受けた勧善懲悪・因果応報の伝奇小説で、戦国時代、房総で勢力を伸ばした里見氏の歴史を背景に、仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌の八つの霊玉と牡丹のあざを持つ義兄弟八犬士が、里見家の危機を救うために活躍する架空の物語である。
 馬琴はこの作品を手がけるにあたって、一度も房総に足を踏み入れたことはなく、房総に残る史料をあたり、史実に即した人名・地名を登場させた。この地は作者にゆかりがないにもかかわらず戦記の舞台に選ばれるだけの背景を持っていたのである。
 中世まで、南房総は東日本の海都のひとつであった。海上交通の地の利に優れていたため朝廷のあった西日本との交易が盛んで、そのことは安房(阿波/あわ)、勝浦、白浜など西日本と共通する地名が示している。また、房総地方の南部が上総(かずさ)、北部が下総(しもうさ)と呼ばれるのも、西から船でこの地に入ってきた経路の名残りだ。
 館山には八犬伝ゆかりの地が数多く残り、これらをめぐる旅を目当てに観光客が訪れる。また、毎年10月に開催される地元の大イベント「里見ウィーク」の南総里見まつりのハイライトは、甲冑を身に着けた市民による里見水軍の出陣である。
 
日本の戦後が始まった場所
 館山の地理的条件は八犬伝という創作を生んだが、時代を下ると現実の戦いに関わる運命をもたらした。第二次世界大戦において、館山は戦略上の最重要地点であったため、本土決戦上に想定されていただけでなく、終戦直後はアメリカ占領軍本体の初上陸地点となった。1945(昭和20)年9月3日、米陸軍3,500名が館山に上陸し、本土で唯一、直接的な統制が行われた。日本の戦後はここから始まったのである。
 首都防衛のための拠点であった館山に残るさまざまな軍事施設跡は、悲しい歴史の爪跡であると同時に、平和の尊さを後世に伝える貴重な史料でもある。
 
 
南総里見まつりのハイライトである里見水軍の出陣。身に着けている甲冑は手づくりで、市内では手づくり甲冑の教室が開催される
 
「南総里見八犬伝」の舞台となった館山では、毎年
10月に南総里見まつりが開かれ、手づくりの甲冑に身を包んだ武者行列が人気を集める。
 
館山市立博物館には南総里見八犬伝の錦絵が所蔵されている
 
館山市立博物館に所蔵されている「三浦城ヶ島合戦の図」
 
第二次大戦時、敵機から戦闘機を隠すための格納庫であった掩体壕(えんたいごう)が、市内に数ヵ所残っている
 
本土決戦に備えて拡張された地下壕が、見学客に開放されている

めしあがれ
房州すし
三方を海に囲まれた房州は、新鮮な魚介類の宝庫。館山の街にはたくさんの寿司店が点在する。地魚をネタにしたものや、大ぶりの田舎寿司など、当地ならではの寿司が味わえる。
いちご
館山はいちご狩りの名所。1月から5月までの期間、新鮮ないちごを味わうために、多くの観光客が訪れる。山間のすがすがしい景色に囲まれて食べるいちごの味は格別だ。

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