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雨晴海岸から女岩ごしに立山連峰を望む アクセス:JR氷見線雨晴駅より徒歩3分 |
越中国国守(えっちゅうのくにこくしゅ)、大伴家持 |
富山県高岡市は「万葉の里」と呼ばれる。7世紀後半から8世紀後半ごろにかけて編まれた、日本に現存する最古の歌集「万葉集」。その編纂を手がけ「三十六歌仙」に数えられた歌人・大伴家持が、高岡で過ごしたためだ。 大伴氏は代々政治家の家で、歌人として知られる家持も政治家であった。彼は、746(天平18)年に越中国国守として751(天平勝宝3)年まで赴任。およそ5年のあいだにこの地で220余首の歌を詠んだ。 彼は万葉集全20巻のうち巻17〜巻19に、27年にわたって詠んだ479首の歌日記を残している。そのうち、越中で詠んだ歌が半数近くを占めているということは、この5年間が歌人大伴家持にとって最も創作意欲をかき立てられた時期であったことを意味する。都から離れて暮らす寂しさを抱きつつも、地方在任の身は政治的な緊張感から解放され、心にゆとりが生まれた。また、越中の自然風土が、創作に向かわせる格好の歌題となり、彼は歌人として新しい境地を開いたといわれている。 |
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歌人が心を動かした絶景 |
国守の館は二上山(ふたかみやま)を背にし、射水(いみず)川に臨む高台にあり、海をへだてて立山連峰を望むことができた。高岡市内には小さな歌碑も含め、大伴家持にちなむ史跡が多数残されているが、なかでも氷見市との境にある雨晴海岸(あまはらし)がその筆頭に挙げられるだろう。家持がここで詠んだ歌のうち代表に挙げられるのが次の二首である。 |
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現在の雨晴海岸も、白い砂浜と松林の美しい海岸線が続き、雄大な立山連峰がはるかにそびえる。歌人ならずとも感銘を受ける絶景である。 |
めしあがれ |
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