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五稜郭

来年4月に新しい五稜郭タワーが完成予定。現在のタワーはその後に取り壊される。
土方歳三のブロンズ像
 
幕末最後の内戦の舞台
 函館を代表する史跡「五稜郭」は、日本で初めて築かれた洋式城郭。五つの稜が星形に突き出ているため五稜郭の名がある。

 幕府が北方防備のために現在の旧函館ドック跡地付近に弁天砲台を設置するのと同時期に、1857(安政4)年から7年がかりで築造した。蘭学者で洋式軍学にも明るかった武田斐三郎がヨーロッパの城を参考に設計。鉄砲など近代兵器に対処できるようプランを練り、各稜に砲をおけば死角も少なく、全方位的に砲火を放てるとの考えから、五つの稜が設けられた。

 1868(明治元)年大政奉還に不満を持った幕府海軍副総裁の榎本武揚は、禄を失った30万人の幕臣の生活を支えるとともに、蝦夷地の開拓と防備にあたるため、当時日本最強とされた「開陽丸」以下7隻の艦隊を率いて北上する。そのなかには、盟友近藤勇を失い、反攻の機会をうかがっていた土方歳三も乗り込んでいた。榎本らは五稜郭を無血占拠し、独立領国を宣言する。

 しかし翌年、新政府の攻撃が始まり、幕末最後の内戦といわれる箱館戦争が勃発する。想像を超えた政府軍の力に、榎本軍はたちまち劣勢となる。土方は降伏を潔しとせず突破を試みるも、砲火を浴びて倒れた。

 榎本軍の降伏により、蝦夷共和国の夢は散ったが、榎本は釈放後、明治政府に重用され、政治家として北海道の開拓などに手腕をふるった。
 
観光馬車
明治後期、北海道初の馬車鉄道が函館市に開通。大正期には路面電車に切り替わるが、現在は観光用の馬車が走る。
アクセス
JR函館駅前よりバス「五稜郭公園入口」下車、徒歩7分

思わず足が止まる建物の数々
 エキゾチックな街として知られる函館。特に西部の元町周辺は、各国の様式を備えた教会や旧領事館などの建物が並び、海に臨む石畳の坂道と相俟ってまさに異国浪漫と呼ぶにふさわしい。他では得がたいロケーションとしてしばしば映画やドラマの舞台になってきた。
 
 
 建ち並ぶ洋式建造物の数々は、ロシア文化の影響もあり、また、煉瓦づくりの西欧建築の香りもある。それは、1854(安政元)年、幕府が日米和親条約を締結調印して下田・函館の二港を開き、さらにその後、横浜・長崎とともに日本で最初の貿易港となった歴史の賜物である。

旧函館区公会堂
明治43年、当時の洋風建築の粋を集めて造られたコロニアル・スタイルの木造建築。
旧イギリス領事館
函館港開港時に設置された領事館を復元し、函館の歴史を展示する記念館として公開されしている。
外人墓地
ペリー艦隊のアメリカ人水兵をはじめロシア人、中国人、プロテスタント系の人々が埋葬されている。
ハリストス正教会
江戸末期、日本で初めてロシア正教が伝導され、ロシアの領事館および礼拝堂として建てられた。

[元町]アクセス 函館市電十字街駅、末広町駅から徒歩5分

めしあがれ
函館ラーメン
札幌は味噌、旭川なら醤油、そしてここ函館では塩ラーメンが基本だ。飽きのこないあっさり味を標榜し、塩ラーメン以外をオーダーしても、そのポリシーは守られている。豚の骨を煮立てないようにじっくり煮込むことで、見るからにあっさり味の澄んだスープに。麺はスープのからみやすい太めのちぢれ麺だ。
真イカ・槍イカ
6月から12月までが真イカ、1月から5月までが槍イカと、函館では1年中がイカの旬。食べる直前まで生きていたイカを活イカといい、街なかの食堂などでは踊り食いにもありつける。新鮮なだけに、甘味よりも歯ごたえが身上。イカソーメンよりも刺身のほうが、地元の人のおすすめだ。 

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