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 「佐渡へ佐渡へと草木もなびくよ」と唱われる佐渡おけさは、もともと九州の別の民謡が北上し、新潟界隈の甚句の歌詞をのせて歌われ、広まったものとされている。
 佐渡島は、日本海の中央に位置する地の利と、農産物や海産物、鉱産資源などに恵まれ、古くは日本を代表する交易拠点であった。かつての繁栄ぶりは身を潜めたが、港は今なお島民の暮らしを支え、また島へ渡ってくる人々や物資、文化を迎え入れつづけている。
両津港

Port History — 佐渡島と港の歩み
 佐渡島には8世紀以前に佐渡国が置かれ、約1,000年ものあいだ政敵に敗れた貴族や文化人などの遠流の地とされていた。
 関が原の戦いの後、徳川家の支配地になり、1601(慶長6)年に佐渡金山が発見された。島では、戦国時代から銀が採掘されていたが、佐渡金山の産出量は群を抜いて多く、佐渡奉行のもとで幕府による直轄支配が行われ、金銀山で働くために島へ渡る農民が殺到した。採掘された金銀は、船で越後藩(新潟県)が統治する出雲崎から、北国街道を経て江戸へ運ばれて行った。
 また1672(寛文10)年、豪商・河村瑞賢が開いた北前船の西回り航路の寄港地になり、島を訪れる商人たちでにぎわった。
 現在、島には2つの重要港湾を含め、4つの港湾が設けられている。
 両津港は、1868(明治元)年に新潟港が開港した際、同港の緊急避難などのための補助港となり、1951(昭和26)年には重要港湾に指定された。本州とのあいだにもっとも多数の船便が就航する佐渡の主要玄関口として利用されている。
 小木港は1974(昭和49)年、重要港湾の指定を受け、1985(昭和60)年に旅客ターミナルが完成、1993(平成5)年には大型カーフェリーが接岸可能なふ頭が整備された。
 赤泊港には2005(平成17)年より、寺泊港(新潟県)とのあいだに高速船が就航している。
 二見港は、暴風雨時などにおける船舶の避難港として古くから利用されてきた。1999(平成11)年には5,000t級の岸壁が完成し、佐渡北部地域のセメント基地、砂・砂利などの建設資材の受入れ港として利用されている。

アクセス
[新潟港−両津港]大型旅客船カーフェリー約2時間30分、ジェットフォイル約1時間
[直江津港−小木港]大型旅客船カーフェリー約2時間40分
[寺泊港−赤泊港]高速船約1時間5分

離島のイメージを覆す広大な島
 小説家・太宰治の作品「佐渡」の一節、「あの大陸が佐渡なのだ。大きすぎる。北海道とそんなに違わんじゃないかと思った。台湾とは、どうかしら等と真面目に考えた」。
 新潟港から佐渡島へ向かう船上で、次第に近づいてくる島影を認めた主人公の感嘆である。北海道や台湾との比較は大仰としても、
実際に佐渡島を訪れてみると、離島という言葉が持つこじんまりとした印象はない。島の外周の海岸線は280.4km、面積は東京23区の約1.4倍にあたる855.25km2に及ぶ。この島に約64,000人の島民が生活している。
 アルファベットの「S」やカタカナの「エ」の字を斜めにゆがめたような形状の佐渡島。北西側は「大佐渡」と呼ばれ、標高1,172mの金北山を最高峰とする山地である。南東側は「小佐渡」と呼ばれる丘陵地帯。大佐渡と小佐渡のあいだに広がる国仲平野は、山や丘陵から下る川で潤い、水稲栽培が盛んで、佐渡の農業生産額の約60%を佐渡米が占めている。
 島の産業としては、漁業ももちろん盛んで、島の外周の道路を巡ると大小様々な漁港が次々と現れる。島には34もの漁港が点在しており、ワカメやモズク、メカブといった海藻、イカやエビ、カニ、カキ、寒ブリ、タラ、アゴなど豊富な海の幸が獲れる。ほかにも山菜や果物など、季節の旬の食材に恵まれており、その充実ぶりは、佐渡を称して「自給自足が可能な島」というフレーズがあるほどだ。

[写真左]島と内地を結ぶジェットフォイルは時速80km以上で日本海の荒波を割って進む
[写真中左]旅客を迎える佐渡おけさの人形 [写真中右]両津港のターミナルビル内に並ぶ土産店
[写真右]風情あふれる漁港

島民の暮らしに身近な4つの港湾
 島の四方を取り囲む海、緑豊かな山地、起伏に富んだ地形、独特の歴史を背景とした史跡といった観光資源に恵まれ、毎年大勢の旅客が佐渡へ渡る。佐渡空港には現在のところ定期便がなく緊急輸送目的で使用されているため、島と内地を結ぶ交通手段は船だけである。人流の拠点としてだけではなく、砂・砂利の輸移入を中心とした物流面においても、島内の4つの港湾が地域経済に果たす役割は大きい。
 島の北東に深く入り込んだ両津湾の最奥部に位置する両津港は、1967(昭和42)年にカーフェリーが就航、1977(昭和52)年には日本初の高速旅客船であるジェットフォイルが就航し、現在ではピークのシーズンには新潟港との間に1日にカーフェリー8往復、ジェットフォイルが12往復している。
 旅客ターミナル内の通路には、土産物店が軒を連ね、いかにも島の玄関口という印象。今後、日本海沿岸東北自動車道などの高速交通体系の整備に伴い、島の主要アクセス拠点としての役割が期待される。
 小木港は、島の南端に位置する天然の良港で、江戸時代には佐渡金山の金銀輸送により繁栄した歴史を持つ。1998(平成10)年には地場の味噌産業を支えてきた羽茂地区(旧羽茂港)を合併。この地区は、砂・砂利、石材やセメントなどを取り扱う物流港として利用されている。現在、小木港と直江津港とのあいだにカーフェリーが運航されている。直江津港背後の高速道路の利用や北陸新幹線の延伸による観光船の増加も期待できる。
 同じく南岸に位置する赤泊港は、内地と最短距離にあり、寺泊港と高速船で結ばれている。毎年夏には「日本海海上大相撲」で知られるみなと祭りが開催される。島内有数の漁業基地として、島民にとって身近な存在だ。
 二見港は、島の南西部に深く入り込んだ真野湾の北西に位置する。港内には相川火力発電所があり、島のエネルギー基地としての役割を担う一方、離島の港らしいのどかな風情が漂う。
 歴史を遡っても、佐渡の港と島民の暮らしは常に密接でありつづけてきた。港は今でも島民のライフラインとしてその生活を支えている。太宰が「大陸」と形容したほど大きな島、そのいたるところがみなとまちの趣きを感じさせてくれる。

 
二見港
古くから船舶の避難港として利用され、明治初期からは、海軍の貯炭場として、また、佐渡鉱山の金鉱石の積出港として利用されてきた
両津港
両津航路は佐渡へのメインコースとなっており、港の周辺に市街が開けている一方、岸沿いに藻場が形成されるなど、豊かな自然も残っている
 
小木港
佐渡島の南の玄関口として利用されているほか、毎年夏に島内最大の花火大会が開かれるなど、地元の人々に親しまれている
赤泊港
2005(平成17)年から高速船「あいびす」が寺泊港とのあいだに就航。ピーク時には1日当たり3往復、約1時間で両港を結んでいる

急がれる高波被害の復旧
 2008(平成20)年2月24日、佐渡島周辺の海域が荒天となり、異常波浪(高波)が発生した。佐渡市では漁港や漁船、漁具などが大きな被害を受け、被害総額は8億円以上と発表された。
 とくに被害の大きかった水津漁港では、北防波堤が損壊した。漁港内の静穏が保ちきれなくなる危険性もあり、現在、赤泊港近辺の海岸に防波堤損壊部を補う消波ブロックの製作場が設けられ、復旧作業が急がれている
 
[写真左]高波に襲われた水津漁港 [写真右]水津漁港復旧用に製作される消波ブロック

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