横浜大黒ふ頭にある、ビルの8階オフィス。東京湾に臨むデスクに向かい、モニタと大きな窓の外に注意を払いながら、専用の通信機を手にする江戸マリアさんは、ポートラジオのスタッフです。
ポートラジオとは、港内の船の出入りや混雑の状況を監視し、その情報をこれから入港してくる船や受入側の人々にアナウンスする仕事。彼女は、横浜港の外航船の担当です。
「浦賀水道や三崎など数ヵ所のポイントがあり、そこを船が通過したことを港運代理店などの業者さんにお知らせします。船に対しては停泊するバースへのナビゲーションですね。船籍は韓国やリベリア、パナマなどが比較的多いですが、船への連絡はすべて英語です」(江戸さん)
港は24時間365日体制。ポートラジオも同様で、日勤と当直のシフト制で業務にあたります。原則8時間勤務のあいだに入港してくるのは、外航船が約40隻、内航船が約15隻。3〜4隻の船の動向を同時に監視しつづけながら、各所へアナウンスするとあって、忙しさは相当なもの。また、この仕事に就いてまもなく2年目を迎える彼女の場合は、キャリアが浅いゆえの緊張も加わります。
「6時半から9時と16時半から18時半は特に混雑する時間帯で、神経の休まる暇もありません。それ以外の時間帯も、通信卓に付いているあいだはドキドキしています。実は英語が苦手なこともありますし」
業務で使用する英会話は基本的に定型文が大半ですが、相手の船籍も英語圏とは限らずその国特有の訛りがあり、無線を通じた音声の聞き取りづらさも、コミュニケーションの障壁になります。
「通常はなんとかこなせるのですが、イレギュラーなケースでは慌ててしまいます。そんなときは時間や方向、場所など、重要なキーワードだけを羅列して伝えるしかありません。ベテランの先輩方なら冷静に対応できるのですが…」
彼女が担当した船が、まちがえて予定と違うバースへ着岸しようとしていると入港立合業者から連絡が入ったことがありました。
「船を呼び出して必死にまちがいを伝え、どうにか事なきを得ました。あとで船長から“Thank You”というメッセージが入ったときには、自分の拙い英語でもトラブルを防げたことがとても嬉しかったです」
海が好きな父親の影響で幼いころから海に親しんできた彼女は、大学の海洋学部の修士課程に学びました。そして海に関わる職業を志望し、現在の勤務先に就職しましたが、会社説明会に参加するまではポートラジオの仕事はまったく知りませんでした。ゼロからスタートし1年が過ぎようとする今、こう語ります。
「船が着岸しているあいだの1秒1秒にも、すべてお金がかかっているわけですから、わたしたちが効率よくご案内できれば、みんなの利益につながります」
重要な使命を自覚している彼女の表情は、まさしくプロの顔でした。 |