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内陸に深く掘込まれた新潟港を
青と白のコントラストも鮮やかな
大型の船が悠々と往来する。
新潟港内の航路浚渫と、緊急時の
油回収を目的として建造された
大型浚渫兼油回収船「白山」である。
「海上要塞」「海に浮かぶ工場」を
彷佛させる最新鋭の作業船だ。
24時間絶え間なく港と海の安全を
護りつづけるこの船を操るのは、
穏やかな人柄の中にも強靱な
使命感に満ち溢れた海の男だ。
狭い河口港のなかを全長100m近い船が旋回

 平成9年1月2日未明、島根県隠岐島の北北東約100kmの日本海でロシア船籍のタンカー「ナホトカ号」が沈没、積載していた6,200klの重油が流出した。その結果、流出した重油が日本海沿岸に漂着し、自然環境や水産資源に多大な被害を及ぼした。これを機に、流出油災害の防除体制の強化が求められ、新潟西港で稼動していた「白山丸」の代替船として建造されたのがこの「白山」である。通常は新潟西港の航路浚渫に従事し、大量油流出事故が発生した際には、直ちに現場へ急行、油回収作業を展開する。配備されたのは平成14年8月。高木はその首席船長を務めている。30年の長きにわたり先代の浚渫船「白山丸」に乗り続け、その使命を受継いだ「白山」に引続き乗船した。「『白山』が正式に稼動を始めたのは港に配備されてから試運転期間を経た4ヶ月後でした。なにしろ最新の装備を満載した作業船ですから、乗組員も操船や操作に伴う『あ・うん』の呼吸を身につけるまではそれなりの時間がかかったんです」と操業当時を振返る。
 新潟西港は信濃川の河口部に開かれた港だ。川の上流から流れてくる土砂が海底に堆積し、放置すると水深が浅くなり大型船舶の航行が困難となることから底泥の浚渫は至上命題だ。「港内を浚渫した後、沖合4.4kmの海域まで出て土砂を排出します。本船が浚渫するのは港口部から約3.5km程の範囲で、一番奥まったところで船を回頭しUターンするのですが、航路の幅が120m程しか無い。本船は全長100m近くありますから旋回時には細心の注意が必要になります」。回頭や土砂排出の際には操船を指示、確認する乗組員の声がデッキに響きわたる。浚渫という特殊作業にはコンビネーション、「あ・うん」の呼吸が大切だと言う。船の構造として最も特徴的なのは360°旋回式推進器と船首に備えられたバウスラスタだ。スクリュー自体が360°回転して、限られたスペースでの旋回や横方向の移動もスムーズに行うことができる。船に乗って40年、しかし高木の船乗りとしての人生は作業船から始まったのではない。「私は『商船』の出身なんですよ。以前は貨物船などで外国航路を回っていました。子どもの頃からの夢だったんです。ところが何ヶ月も家を空けて航海から戻ると自分の子どもがなつかない。こりゃいかんなと思いました」と苦笑する。しかし船を降りる気にはなれなかった。そこに幸運にも「白山丸」乗務の話が舞い込んでくる。「初めは『浚渫』という言葉すら知りませんでした。まったくの素人です。帰国するまで日本の地を踏むことはない商船乗務と異なり、浚渫船は常時港内で作業をすることになるんです」。当初は乗船中にも人の生活がすぐ身近にある感覚に違和感を覚えたことがあったと語る。また、商船の場合は荷物を運ぶ船を安全に航行させることが唯一無二の目的で、荷役などはすべて他の部署によって行われる。「作業船は船を航行し、さらに港の安全を維持するため浚渫という業務を果たすことが使命です。一から十まで自らの責任によって操船、作業する点が大きく違います。」その使命感たるや商船のそれとは明らかに異質なものだという。


「基本」を体に叩き込む不測の事態に対応する心得

 外国航路から離れ、すぐにでも我が家に帰ることができる環境で船に乗ることになった高木だが、話はそれ程甘く無かった。「本船は月曜日の朝から金曜日の夕刻まで一日24時間稼動します。その間、接岸することは基本的にありません。実際のところは単身赴任のようなものですよ」。勤務シフトは3交替制だ。3人の船長のもとグループは3つに分けられている。1グループは甲板部が5名、機関部が2名の計7名だ。これに加えて通信部や厨房の担当を含め総勢30名が一週間白山に缶詰になる。朝8時から正午まで(ハチゼロ)、正午から夕方4時(ゼロヨン)、その後夜8時まで(ヨンパ)、さらに夜間もハチゼロ、ゼロヨン、ヨンパで翌朝まで作業は休みなく続けられるのだ。「ハチゼロ」のグループは朝8時から午前中一杯と、夜8時から夜中0時までが勤務となる。4時間働いて8時間休む。一見簡単なシフトに見えるが現実は厳しい。「食事のタイミングもバラバラになります。例えばゼロヨンの担当が一番たいへん。正午からの仕事を終え夕方4時に夕食をとりすぐ就寝、夜中に起きて早朝まで作業をするんです。さらに週末自宅に戻っても普通のリズムで生活ができなくなっている。時差ボケみたいなものです。これはけっこうキツイですよ」。
 港内の土砂を浚渫して沖合で排出。港内外の往復を24時間繰返す作業は単調になりがちだ。そこに危険が潜んでいる。「まだかけ出しの頃、船を係留する際に勢い良く引張られたワイヤーに足をとられ怪我をしたことがあります。幸い大事には至りませんでしたが『基本』ができていないことを痛感しました。普段は当然注意をはらうべきワイヤーのことを忘れていた。油断していたんですね」。以来、乗組員にも「基本」の重要性を喧しい程言って聞かせる。穏やかな高木の目も「基本」を語るときはひときわ鋭くなる。「本船は油回収も担っています。油回収船は船体に重油を抱いているという点でタンカーと同じです。タバコなどを含め火の扱いは厳重に規定されています。作業時にこの基本的な動作がおろそかにされると大変なことになる」。油回収装置は年間で20回の訓練によって駆動させ、装備点検を怠ることはない。「油回収の訓練には特に気を遣います。同じことの繰返しだとマンネリ化してしまいますから、急遽現場で指揮を執る担当を変えるなど人員の配置を工夫して緊張感を持たせるようにしています」。乗組員の誰であってもあらゆる操作ができるようにしておく必要がある。「基本動作さえ体に覚え込ませていれば予想をこえる状況になっても必ず対応できる。基本あっての応用です。基本は一番単調で当り前のことだからこそ常に意識することが難しいともいえます」。ベテランの船乗りの言葉が心に残る。
 沖合での浚渫土砂の排出を終え、港口部で入港の指示を待つ。つかの間の休息だ。高木もすでに優しい表情を取り戻している。「凪いでいる春先の日本海は気持ちがいい。群れ遊ぶイルカと遭遇したりして最高ですよ」と船長は目を細めた。

さら
巨大な「掃除機」で海底を いブームを拡げて油を回収。
- 大型浚渫兼油回収船「白山」

 大型浚渫兼油回収船「白山」には浚渫機能として「自航ドラグサクション浚渫方式」が採用されている。両舷の真紅のドラグアーム(管)を海底に降ろし、先端のドラグヘッド(吸込口)から土砂を吸込みながら浚渫する。家庭用掃除機の構造に例えると分かりやすいだろう。2台のポンプにより1回の浚渫で1,380mの土砂を浚うことができる。10tトラック190台分に相当する量だ。
 油回収については「舷側設置式」と「投げ込み式」の2種類の油回収装置が搭載された。舷側設置式は船の両側にオイルフェンス(集油ブーム)をJ型に展張し海面の油を掻集めながら油回収装置で回収する。2基の装置によって1時間で500m(ドラム缶5,000本分)の油を回収できる。投げ込み式は集油ブームをU型に展張、その中の海面に回収装置を漂泊させながら油を回収する。
 また、近隣の市民に迷惑をかけないよう、特殊な防音装置も装備されている。「本船は工場を丸ごと乗せているようなものですが、そうした作業船とは思えないほど静かで快適ですよ」(高木船長)。

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