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高速道路、河川堤防等の斜面に
種子を吹付けて美しく緑化する。
大変なのは繁殖する雑草の除草作業だ。
こればかりは人力に頼らざるを得ない。
「ならば雑草の発生を抑えてくれて
 草丈が短い植物を植えればいい」。
しかしそれらの植物は「苗」から育成する。
苗を機械で吹付けることはできない。
「個人の力だけでは
 アイデアで終わってしまう」。
土木、植物、機械の専門家が出会った
ところから新しい技術が生まれた。
何かの改良版ではない、今までに無かったものを創る!

 名刺の氏名の横に「技術士(農業土木)」とある。港湾土木の世界では珍しいのではないだろうか?「そんなことはありません。農業土木も一般土木、港湾土木も土と地面を相手にすることに変わりはありません。農業生産の向上を最終目的としてとらえ、そのための道路整備、ダムや橋の建設はすべて農業土木といえます」。しかし出雲井が開発に携わった「ビオ・セル・ショット工法」、つまり「苗」を吹付けて法面を緑化する工法は、農地整備から生まれた。山の斜面に大きな田畑を整地する、いわゆる段々畑を造成する場合、農地が広くなればそこを支える斜面も大きくなる。「その斜面をコンクリートやシートで覆ってしまうと景観や生態系の見地から望ましくない。そこでグランドカバープランツ(以下GCP)、いわゆる地被植物を活用するという方法があります」。GCPには雑草の発生をかなり抑え、長期にわたって植生を維持する、さらに草丈が低く、基本的に草刈りが不要である、などの性質が要求される。ところが、そうした植物には種子がなく、挿芽や株分で殖やす「栄養繁殖性植物」がほとんどだ。「それならば『苗』を吹付けてしまえと。これまでも種子は機械で吹付施工してきたのだから、苗でも吹付けられないワケがない」。その破天荒な発想を嘲笑する声も聞こえてきたが、出雲井は前へ進む。苗の供試体をつくり、それを従来のマシンにセットし実際に吹付けてみた。「いや、甘かったですね。バラバラです。苗は見事に粉々、跡形もなく無くなっていました」。と、出雲井は苦笑する。種子と苗ではその形状、強度がまったく異なるため従来のマシンでは対応できなかったのだ。やっぱり無理か、見る影もない苗の残骸を前にスタッフと頭をかかえた。しかし「何かの改良版ではない。今までに無かったものを、これから自分たちが創るんだ、という意気込みがありました」。試行錯誤が始まる。苗そのものの改良にもトライした。しかし、機械の中で撹拌された際に、致命的な損傷を受けてしまう。苗の強化だけでは限界があった。

「出会い」に支えられた新しい技術の開発

施工2ヶ月後
 そんなとき、もう一人の技術者がメンバーに加わった。吉田修氏、吹付工事を専門とする企業の社長である。「専門家に言わせれば苗を吹き付けることなど考えられないというのが第一声でした。ところが、もしその技術が開発されるのならば画期的なことだと言ってくれたんです」。吉田氏もパイオニア精神に満ちた新技術の開発に熱心な人物だった。バルブの実験等、機械の改良を繰り返しながら出雲井たちは再び前進する。そこで完成したのが「エアーブローミキシング」という撹拌装置だ。「ヒントになったのは『ジャグジー風呂』でした。下から圧縮空気を吹込み対流させることで苗にかかる負荷を最小限に低減できました」。1998年に実証実験を実施、その後も改良を加え、翌年には実際の工事で採用された。苗吹付工「ビオ・セル・ショット工法」の完成である。現在、港湾土木の一つである海上空港建設の緑地帯形成にも一役買うところまできた。
 「この工法は専門家の連携から生まれた技術です。吉田氏をはじめそれぞれの専門分野の技術者、研究者たちとの出会いがあったからこそ完成することができた」と振り返る。
 出雲井には忘れられないもう一つの「出会い」がある。兵庫県立農林水産技術総合センターの研究者、福嶋昭氏と知り合ったことだ。大規模な公共緑地、水田法面における雑草抑制や景観形成植物を専門に扱う数少ない研究者の一人だ。開発が始まって以来の付き合いになる。「長い時間をかけて研究をしてきたのだからその成果を一日でも早く役立てなければならないという信念をお持ちでした」。一軒の農家で斜面に生えた雑草の草刈りをこなす困難さは容易に想像できる。その負担をいかに軽減できるか。「福嶋先生には研究者でありながら、技術者の血も流れてるのかもしれません。研究成果をカタチにする技術者である私もいまでも刺激されることが多いんです」。


「需要」を生み出す土木技術者の使命

施工3ヶ月後
 「技術者と呼ばれる人間に課せられた使命は『現場』と『開発』ではまったく異なる」と出雲井は続ける。「本当の技術は現場で育まれる。その技術がその現場にあってどのように展開すれば最も活かせるのか。現場で工法や技術、装置も含めてオペレートできるのが『現場』の技術者。『開発』はそこからニーズを掘り起こす仕事です。もちろん現場の生の声は大切ですけれどね」。GCPにしても農家レベルの取り組みはあったが、土木工事、公共事業におけるニーズは顕在化していなかった。しかし学者、研究者たちも自らの研究成果を何とか技術として活かすことを自分に託してくれた。「この技術はこれからニーズを生みだすと思ったんです。そう信じたら会社を説き伏せ、仲間を巻込んででも取組むのが技術者ではないでしょうか。実現すれば必ず役立つ技術であると。『ビオ・セル・ショット工法』も新しい需要を生み出した工法であると自負しています」。実際にこの工法によるGCPが、高速道路の法面や公園の緑地を美しく彩り始めている。もちろん開発に関わってくれたスタッフ、そして理解を示してくれた会社には心から感謝しているという。「新しいものを創造するという仕事は大きなプレッシャーになりますが技術者は勇気を持って取組むべきだと思います」。
 これに変わるライバル工法は?「ありません。強いて言うなら『手植え』です」。と胸を張る。しかし、課題が100%クリアできたわけではない。「土木のモノの考え方は『28日』なんですよ。コンクリートは約28日で固まる。例えばコンクリート実験は約1ヶ月で結果が出て、翌月には次の実験を始められるんです。植物は1年が1サイクル、365日を過ごしてみないと見えない」。実際の工事でもこの植物の性質が大きく影響する。「植物施工」には気候、季節が大きく影響するため、工期の調整など悩ましいところだと言う。
 まだまだ世の中には埋もれている「需要」がたくさんあるはすだ。この次は何をやりますか?一瞬考えた後、「秘密です」と笑う。その眼が少年のように輝いていた。

色とりどりの花で地面を覆う-「ビオ・セル・ショット工法」(苗吹付工)

施工概要図
 専用トレイで育成、発根させたセル成型苗やマット苗と緑化混合基盤材を専用の吹付機械で混合攪拌し、法面等に吹付けて緑化していく。これまで種子の吹付けはあったが、「ビオ・セル・ショット」の工法名が示すように、生きた「苗」そのものを吹付ける工法の開発は画期的といえる。3種類以上の苗を組み合せる「混植」を基本としているため、まさしく色とりどりの花による変化のある景観形成が期待できるばかりでなく、育成ムラや、絶滅も軽減できる。草丈が30cm以下であるため刈り込み等も原則的には必要なく、軽微な管理で長期間の植生を可能にした。「ビオ・セル・ショット工法」は、兵庫県立農林水産技術総合センター、株式会社大本組、吉田建設株式会社の三者による共同開発で、昨年、建設分野の優れた技術に贈られる「国土技術開発賞」を受賞した。

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