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いまから30年ほど前。
海を見つめる1人の少年の姿があった。
少年は防波堤を覆う消波ブロックを見て、
漠然と1つの思いをいだいた。
やがてその思いは、
その後の人生に深く関わっていくことになる。
不思議なめぐり合わせ。
当時の少年は知る由もなかった。
「違和感があった」少年時代の海辺の景観

 少年・松岡が見た消波ブロックとは、文字通り波のエネルギーを消して港や海岸を波の脅威から守る構造体のことだ。消波ブロックでピンとこないならば、「テトラポッド(テトラ)」といえばイメージできるだろう。4つの脚をもち独特の形をした、あのコンクリート構造体のことだ。
 発明されたのは1949年。フランスにおいてである。翌年、モロッコの火力発電所の護岸で初めて採用される。以来、その消波能力の高さが評価され、猛スピードで世界各地に広まっていった。
 そのすばらしさを日本の技術者たちも見逃さなかった。そして昭和36年に日本に技術導入し、会社を設立した。いま松岡が所属する会社である。実をいうとテトラポッドは1つの会社の製品名なのだが、一般名称として通じるほど、社会的にその名が浸透している。1つの会社の製品がこれほど知られているのは、極めて希有なことだ。
 わが国では昭和30年頃に初めて使われた。これ以降、日本の海岸線は消波ブロックのある風景が珍しくなくなった。松岡が多感な少年期を過ごした四国の海においても同様である。
「ただし海辺の景観としてふさわしいとは…漠然とですが違和感がありました」。その頃の率直な気持ちだった。


4本の脚。特徴ある姿は「究極の完成形」

 「景観的にはともかく、消波ブロックは水理的、強度的に完成された形です」。30年後のいま、松岡はこう語る。なじみ深い4本脚の形状は、脚の長さ、太さと「あらゆる観点から突き詰めた究極の姿」だというのである。
 消波ブロックに求められるのは、いうまでもなく波の力に負けずエネルギーをうち消す能力だ。「そのためにはブロック同士のかみ合わせが大切です。たくさんのブロックがかみ合って、全体として波をうち消すんです」。かみ合わせが良くないと、波の力で動いて壊れてしまう。理論的には、脚を長くすればかみ合わせは良くなるが、そうすると今度は構造的に弱くなってしまう問題が残る。
 すなわち、かみ合わせと強度のバランスをいかに保つか。「当時のフランスの技術者はそのバランスが最もいい形状があるはずだと考えました」。ところが今日のようなコンピューターがあるはずもなく、充分な実験設備もなかった時代だ。「そんななかで試行錯誤しながら、模型や実物大のブロックをつくり何度も何度も実験を繰り返し、ようやく到達したのがあの形なんです」と松岡は説明する。
 消波ブロックは、どんどん大型化し種類も増えてきたが「どんなに進化しようと、基本は最初に導入された4本脚をもつタイプです。すべてそこから発展しているのです」と補足する。


運命の入社で再会した消波ブロック

 高校を卒業した松岡少年は、四国を離れ大阪の大学に学ぶ。専攻は物理学だった。卒業していよいよ運命の時がくる。仕事として選んだのは、少年時代に海辺の景観として、それも違和感を残して刻まれた消波ブロックをつくっている会社だったのだ。
「物理学というのは、いろいろな分野のベースとなっています。四国に生まれ海が好きだし自然を相手に仕事をしたい。それで入社しました。消波ブロックの会社であることに、不思議な巡り合わせを感じましたね」。
 入社後はコンサルタント部門と研究部門がほとんど。だから現場技術者ではない。だがもちろん現場の苦労や喜びも知っている。
 ある港の現地調査で大失敗を経験した。「研究機関から借りた高価な観測装置を海底に設置したんですが、時化で行方不明になってしまったんです」。不測の事態に備え保険はかけていたが、調査期間を延長したのに、「大丈夫だろうと軽く思い、延びた分はかけていなかったのです。もう、真っ青になりました」。幸いにも観測装置は見つかったが、「いまでも忘れられません。その大失敗からリスク管理の大切さを学びました」と語る。
 スリランカでは、モノをつくる喜びを実感した。砂で埋まり機能を失った港の修復で、松岡はチームの一員として再生計画の策定を担った。砂の侵入を防ぐために海流をバイパスさせることを提案した。
 数年後、完成した港を見に行ったとき、「あんなに寂れていた港が、見事に活気づいていました。最高でした」。松岡が現場技術者の喜びを知った瞬間だった。


原風景を研究に生かし「縁の下の力持ちになる」

 研究者としての松岡がいま取り組んでいる大きなテーマがある。それは少年時代の原体験・原風景として残る消波ブロックなどの景観や環境についてだ。
「いま思うと、あの頃は災害から守ることが第1であり、あのような消波ブロックが必要でした」というように、当時のブロックなどを否定しているのではない。もちろんいまも「防災」の視点は絶対譲れないが、加えて「環境や景観という視点が不可欠」と強調する。
 サザエなどの付着生物が生息できるように溝を付けたブロックや、景観に配慮して水中につくる人工リーフ用のブロック、さらに擬岩ブロックなど、景観・環境重視型タイプを次々と開発してきた。今後もこうした環境や景観を重視した研究開発に加え、リサイクル技術やコスト縮減技術にも取り組むと意欲をみせる。
 松岡が抱いた30数年前の「思い」は、いまこの時代の「環境」という課題と共鳴し、プロ意識の中心的な領域を占めている。まさに不思議な巡り合わせであり、この「思い」が今後の活動のバックボーンでもある。
 そんな松岡が心の支えとする教えがある。大学の恩師に贈られた次の一言だ。
「物理学はいわば縁の下の力持ちだよ。だから君たちは出世しない。でも支える人間として頑張れ!」。
 この言葉は、現場技術者の苦労と喜びを知り、研究者の道を歩み始めたとき鮮やかに脳裏に甦ってきた。以来、縁の下で現場技術者を支えていこうと決心する。
 現場からは難題がちょくちょく突きつけられる。でも研究者として、会社の頭脳として絶対に断ることはしない。会社の環境にも恵まれた。モノづくりには技術的裏付けが必要と、「会社の規模では考えられない」ような実験施設もつくってくれた。「技術者、会社、そして社会の要請になんとかこたえたい」と真摯に受け止め難問の解決に挑んできた。沈着冷静でありながら、その体内に技術者の熱い血をたぎらせる。

様々な目的に対応する消波ブロック
 消波ブロックの代名詞ともなっているテトラポッド。ギリシア語で「4つ(tetra)」の「脚(pod)」という意味をもつ。松岡が所属する企業では0.5tから80tまで18種類の大きさを揃えている。
 製造方法は意外に簡単だ。鋼製の型枠にコンクリートを流し込み、固まったら型枠を取り外してできあがり。一般的には鉄筋は配筋されていない。複雑な形状であるが型枠は4つに分解され、積み重ねて運搬できるように合理化されている。港の近くに型枠を運んで製造し、完成したブロックを海上に運んで設置する。
 消波ブロックは、海岸には適当に積んでいるように映るが、「ちゃんとブロック同士のかみ合わせを考慮して据え付けられています」(松岡)。方向性がないので据え付けやすく施工性に優れている。安定性がいいのも特徴だ。
 消波ブロックは、波による災害から構造物を守るだけでなく、浸食された砂浜を回復したり、魚や貝の養殖場を保護するなど、幅広い用途で使われるようになった。しかも海だけでなく河川でも幅広く使われ、人々の暮らしを支えている。
 

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