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 1995年の阪神大震災では、激しい滑動現象が発生し、港の荷役施設等に大きな影響をおよぼした。これを受けて耐震強化岸壁に対する議論が一気に高まっていく。耐震性に優れ、しかも経済的なケーソン岸壁をつくるにはどうすればいいか。技術者たちは懸命に考えた。導き出された結論は、「ケーソン底面を斜めにする!」だった。だが理論はそうであっても、実施工となると・・・。 克服したのは、困難の中に喜びを見いだす1人の技術者だった。
震災直後の港をみつめる技術者の目

 震災時に港が物資搬送の拠点として機能したことは記憶に新しいが、その港においても、強烈な揺れで岸壁ケーソンが海側に滑り出す現象が確認された。

 神戸生まれの石山は、阪神大震災の被害に直面し、技術者としての魂を揺さぶられた1人である。震災直後、いち早く港に駆け付け岸壁を見て廻った。「街は混乱の極にありましたが、技術者としてどうしても見ておきたかったんです」。荒廃した光景にショックと悔しさを痛感すると同時に「技術者としてなにができるか」、自分なりに懸命に考えたという。しかしこのときはまだ、斜底面ケーソンとの出会いはなく、ましてや存在も施工に関わることもまったく予想もつかないことであった。

 耐震強化に立ち上がった技術者たちが考えた工法のひとつに、文字通りケーソン底面を斜めにした構造の「斜底面ケーソン工法」があった。ケーソン底面と基礎マウンド上面を、陸側に向かって深くなるように傾斜角度をもたせれば、滑動抵抗力は増大するという原理である。こうすれば、ケーソン堤体の幅も小さくすることが可能になる。耐震性と経済性を兼ね備えた一石二鳥の工法だった。

 この技術を開発した国と民間企業は、できるだけ早い時期に斜底面ケーソンの施工を待望していた。事実、2000年の段階では、適用可能な候補地さえあれば、いつでも現地で着手できる段階にあった。

 ついに第1号の建設地が決まる。場所は和歌山県のほぼ中央部に位置する日高港。その御坊地区岸壁(−12m)に採用されることが決まったのである。

 2000年秋。石山のもとに思いもよらぬ斜底面ケーソンとの出会いが訪れた。第1号となる日高港御坊地区岸壁に使われるケーソン設置工事の監督の辞令が下りたのである。

 直線距離で50kmほど離れた下津港の陸上ヤードで製作された斜底面ケーソンを支給され、それを現地に曳航し据え付ける。それが、石山に与えられた仕事だった。「意外だった。とても驚きました」。それが斜底面ケーソン工事を知ったときの、石山の率直な印象だった。


海底の底面傾斜、わずかに5°の精度

 陸上土木工事の経験が多く、ましてや「ケーソン工事は10数年ぶりだった」から、驚くのも不思議ではない。ましてや最新ケーソンの工事だから不安があるのも当然だ。底面が斜面になっているケーソンを設置するには、いままでにない工夫が、必要になる。傾斜角度は5度とされた。

 「斜底面の傾斜角は、5度に設定されました。いかに精度を保ちつつ斜めに海底地盤を掘削し、マウンドを斜底面と同じ角度で構築して正確にケーソンを設置するか」。これが今回の工事での課題だと考えた。

 まずは掘削だ。「グラブ掘削ですが、機械の構造上、厳密にいうと斜めには掘れません。とくに今回のような岩盤は難しい」。そこで「階段状に掘削していく」方法を採用した。−13.8mまで粗掘りし、階段状に仕上げていく。発注者との協議の結果、階段の幅は3m、段差は26cm、平均して5度の傾斜角をもたせればいいと判断した。

 階段状に掘削した海底岩盤の段差は、マウンドで修正した。「一番大切なのはマウンドの均し面がきちんと5度に仕上がっていることですから」と石山は説明する。潜水士が「5cmの誤差で仕上げました」。

 だが海中での工事。本当に計画通りに掘れたのか、それを確認するのが大変だ。採用した方法は「潜りさん(潜水士)に水中スタッフをもって潜ってもらい、水面に出たスタッフを計測する」(石山)方法だった。原始的だが、最も確実な方法だった。

 いよいよケーソンの据え付けに入る。2001年2月末のことだ。3,000t吊り起重機船で吊って曳航してきたケーソンをゆっくりと所定の位置に据え付ける。「作業自体は基本的には従来のケーソン工法と同じ」だが、「斜底面構造だけによりバランスが重要になる」と石山は語る。そこでケーソンの重力と浮力を考えながら、「クレーンの4つのフックの反力を見ながら重力と浮力を、調整して、ゆっくりと下ろしていきました」。言葉では簡単だが、秒単位の息詰まる緊張した場面だ。

 工事は予定通り進み3月中旬には据え付けを完了した。新技術や難しい技術の工事を、いとも簡単なように見せながら終えるのは、技術者の醍醐味の1つだ。だが入念な準備と綿密な施工計画があったのはいうまでもない。


造る喜びを伝える責任

 石山も、ものづくりに魅せられた技術者の一人だ。実直で決して口数が多いわけではないが、要点はきっちり抑えるタイプの技術者。同時に内に秘めた闘志を感じさせる技術者でもある。

 石山にとって日高港で工事を指揮することは「えぇ〜!?」であっても、会社としては、石山の力量を見抜き選び抜いた人選だった。初の実用化だけに会社としても絶対に失敗は許されない。自信をもって送り出したのが石山だった。

 「もしそうならば」と前置きしながら、石山は「これまで初の実用化になる技術を4、5件ほど経験してきました。自分でも初の工事はとくに燃えるタイプですから、新しい技術の工事は石山にと思ったのかもしれません」と笑う。熊本新港では軟着底ケーソンの実験工事に携わり貴重なデータを残した。

 そんな石山が最近少し寂しく感じるのは、「ものをつくったり工夫したりするのが好きでこの世界にいるのですが、最近は造るより管理する仕事が多くなってきた」ことだ。加えて建設投資の縮小傾向が「新技術の開発や技術の継承をさまたげるのでは」と心配する。日高港で一緒に仕事をした潜水士や、「子供の頃にその服装にあこがれた」鳶職人ら、すばらしい職人さん達の技能についても同様だ。

 「だからこそ、新しい技術を初めて実用化する工事を任されたからには、絶対に失敗は許されないのです。失敗すれば、将来に伝わりません。責任は重大です。だから頑張るんです」。

 不安もある新技術に挑む技術者のエネルギーの源は、こうした熱い想いにひそんでいる。

耐震安全性の向上とコスト縮減の要請にこたえる
 底面に傾斜をもつことで、ケーソン堤体を水平に滑動させようとする力に対し、滑動に抵抗する底面水平方向の力は増加するため耐震安全性が向上する。その分、堤体幅を小さくできコストが削減できるわけだ。底面の傾斜角は建設地の地盤条件などにより決められる。
 日高港の岸壁に採用されたケーソンは1函の長さ約10m、幅約15m、高さ約15.6m。傾斜をつけない場合、幅は18m近く必要であり、約5%のコストダウンを実現した。
 底面の傾斜角は5度が採用された。角度が大きくなれば、滑動に対する抵抗力は増すが、安定性など新たな検討が必要になる。日高では海底地盤が強固な岩盤であることを考えて5度とされた。
 斜底面とすることで施工段階や設置後の不同沈下も予想されたため、ケーソン底版に傾斜計を埋設してデータ収集が行われている。今後の設計・施工に反映させるためだが、今のところ沈下などは許容範囲にあり全く問題はない。
 斜底面ケーソン式岸壁に関しては、(独)港湾空港技術研究所にある水中振動台を使い、兵庫県南部地震の地震波を使った模型実験が行われ、耐震性の高さが証明された。これを受けて技術マニュアルがまとめられ、設計法と施工法が整備されている。

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