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神の島に築かれた平安朝海洋構造物
 瀬戸内海に浮かぶ歴史と伝説、そして豊かな自然が残された神の島、宮島。その島の入り江に立つ日本三景、世界遺産にも選ばれた「厳島神社」は、海上を敷地とした大胆でユニークな建造物として知られている。

 創建されたのは推古天皇の時代、6〜7世紀のこと、現在の荘厳華麗な姿は仁安3年(1168)、平清盛によって造営されたと伝えられている。途中、何度か火災で焼失したが、ゆうに800年以上にわたって海上に鎮座し続けていることになる。

 海上に橋梁、建物などの構造物を築造する場合、重要になるのはその基礎構造だ。砂や泥土といった軟弱な地盤、繰り返し打ち寄せられる波の力といった課題をいかに克服するか、その工夫が厳島神社の構造的特徴の中に見て取れる。

 現在の本社の本殿は、元亀2年(1571)、毛利元就によって改築されたものといわれる。大小の社、付属施設が約300mの回廊で結ばれ、単調さを感じさせない統一美をつくりあげている。

 108間(柱と柱の間)ある回廊のすべての柱の間には、8枚の床板が敷設されている。特徴的なのは、それぞれの板の間に2cmほどの「目透し」と呼ばれる隙間が設けられていることだ。これは海水や雨水を機能的に排出するための工夫で、厳島神社が海洋構造物であることを印象づける。

 高さ16m、上棟長24mの巨大な「大鳥居」は、まさに海洋構造物という名にふさわしい。主柱と4本の袖柱をつないだこの枠指鳥居は、一見根元を海底に埋め込んでいるかのように見えるが、実は海底に打設した松杭とその上の花崗岩の基礎部で根元の楠を支え、海中に置かれるように自立しているのが構造的な特徴だ。現在の大鳥居は明治8年(1875)に基礎部をコンクリートで補強したもので、清盛が再建して以来8代目になる。

 わが国が誇る海上構造物は、火災や台風、地震という自然災害でたびたび被災した歴史をもつ。しかしそのつど再建改築され、800年以上にわたって当時の様式をいまに伝える。平成8年(1996)には世界文化遺産に登録された。
床板の「目透かし」は浸水した海水や雨水を排出する。
手前が面取りされた赤間石の支柱を持つ桟橋部。
朱色とコントラストが鮮やかな白い「波除け板」。